スライム③

「どんな状況であれ、もしお前自身に危険が迫った場合は即座に中止。私の指示にきちんと従ってもらう。いいな?」

「はい! ありがとうございますグレースさん。」

 翌朝、グレースの馬に乗り再び自分が倒れていた地点へと向かった。幸いなことに一緒にこの世界に来ていた荷物の中に軍手があり、アツシはこれを二重に身に着けた。

「ここだ、お前が倒れていた場所は。まだスライムの痕跡がいくつか残っているな」

 地面にはなにか濡れた物が這った跡があった。スライムの足跡、とも言えるだろう。馬から降りたアツシはそれをじっと観察した。足跡の方向を見極め、そこに沿って歩き始める。グレースは馬を手綱で引きながら、後ろから着いてきていた。

 五分ほど歩くと、その足跡の主が這っている姿を発見した。無色透明のスライムは、非常にのんびりとした速度で這っていた。大きさこそ猫ほどの大きさだが、動きはカタツムリと同じくらいだった。

「グレースさん。これから思い切ってあのスライムを持ち上げようと思います。」

「も、持ち上げる!?」

「はい。なので、万が一危険だと感じたら、すぐにあのスライムを斬ってください。」

「いや斬ってと言われても、それではお前まで危険に。」

「大丈夫です、避けますから!」

「よ、避けるって……。」

「それじゃあ、よろしくお願いします!」

「あ、ちょっと!」

 アツシはグレースの制止を振り切り、スライムに近づいた。案外あっさりと間合いを詰めることができた。それどころか敵意もなさそうな、虫のように感情がないような、そんな感じがした。

 二重に身に着けた軍手を信じて、思い切って持ち上げる。ずっしりとした感覚が腕に伝わる。猫ほどの大きさと形容したが、重さは猫以上だ。おそらく倍以上、バケツ一杯に水を溜めた状態の重さだろうか。十キログラム前後。大分重い。

 グレースは一切斬ることはなかった。スライムは非常におとなしかった。小動物を抱えるようにスライムを持ったアツシが、グレースの元に戻る。

「その……なんだ。お前かなり度胸あるな。」

「自分でもビックリしてます。えっと、それじゃあ次は、このスライム自身をもっと観察してみましょう。」

「か、観察か。よし。具体的に何をすればいい。」

「触ってみたり、見てみた限りの印象で大丈夫です。自分がこうして触った感じだと、大分弾力があるというか、張りがある感じがします。」

「そうか。実は君がここに戻ってくるとき、はじめてスライムの裏側を見たのだが……。その、不気味なことになっていることが分かった。」

「不気味?」

 そういってアツシは思い切ってスライムをひっくり返す。そうすると、これも無色透明なのだが、小さい布のようなひらひらとしたものが蠢いていた。さらに足と思しき部分は、丁度縁の部分で折り返している部分に相当しており、中は空洞になっていた。もっと正確に言うなら、あの弾力は身体を覆っている膜の部分が非常に分厚いためで、それで普段は破れにくく、ちょっとやそっとの刺激では破れない様子だった。

「……みたことあるな。」

 アツシはこのスライムをどこかで見た記憶があった。失われて自分の記憶を辿る。いたはずだ、自分が元々いた世界にも、似たような生物が。そう、海に――。






――クラゲだ――






 アツシがそう呟くと、グレースは不思議そうな聞き返す。

「くらげ……? その、くらげとはどういう意味だ。」

「えっと、グレースさん。この世界に、このスライムに非常によく似た生物が海にいませんか?」

「シースライムのことか? 海にいるスライムに似た魔物。スライムと違うのは、そのひらひらしている部分が露出しているところだな。触ると毒があるらしく危険な魔物だ。」

「それだ!」

 アツシが急に大きな声を出すので、慌ててグレースが甲冑越しに耳をふさぐ。

「きっとこの世界では、初めにこのスライムが発見されたから、スライムの名前が一般的になっていたんだ……。だからスライムとクラゲが近縁種だということに気付かなかった……! いわば陸生クラゲ……。まさか陸上生活に特化したクラゲがいるだなんて……。」

「あ、アツシ。さっきからなにをぶつぶつ呟いて……。」

「グレースさん、紙とペンを貸してくれますか!」

「あ、ああそれくらい構わないが。」

 アツシは紙とペンを借りると、ある生物の絵を描き上げた。それは見事な絵で、まるで現物を見て描いたかのようだった。

「グレースさん。そのシースライムというのは、こういう姿ですか?」

「……お前、本当に別の世界からきたのか? そうなら、よく見たこともない魔物を想像で描けるな……。しかし上手い。そうだ、それがまさにシースライム。小さいながら海の危険な魔物だ。」

「やっぱり……。その、歴史的にはどちらが先に発見されたんですか!?」

「な、何だ急にがっついて。そりゃ我々人間はまず地上で暮らしていたんだから、スライムが先だ。その後海に進出した際に、そのシースライムは発見された。魔物にまつわる文献では、スライムが圧倒的に古い物にも書かれているからな。」

「そうか、そうか、そうか! これが本当なら、対処の使用はいくらでも考えられますよグレースさん!」

 アツシは興奮気味にそう言った。アツシの持つ紙には、旗口クラゲ目ミズクラゲ科、ミズクラゲの絵が描かれていた。

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