あなたといると幸せだった。

夏戸ユキ

あなたといると幸せだった。


 20歳の頃。


人生で一番輝かしい時だと言われている年齢だというのに、あの頃の私はどん底真っ最中だった。


 小学校の時から目指していたある夢に終止符を打ち、高校生から短大にかけて初めて出来た彼氏と友人に同時に裏切られ、短大を卒業してアパレルの企業に就職したものの、人間関係に全く入っていけず、親とも言い争いが絶えない毎日で、そのまま挫折をした。

 

 将来の夢も挫折。恋愛も挫折。就職も挫折だ。


人生何度もそういう事はある。年を取った今ならそう思うのだが、当時は、3年の間に挫折が何度も続いたのはつらかった。


 今でいうところのうつの症状になり、このまま実家に甘える私になるのを防ぐため、私の親は私に一人暮らしをさせた。こんなに辛い時に叩き出すような形で家を追い出さなくても、と恨んだが、私は親とも離れたかった。一人暮らしをしてしまったからには、仕事を選んでいる暇なんてない。流れに流れて就職した先は派遣での事務の仕事。決めたのは私。分かってはいるのだけれど。


 私の人生、これでよかったのだろか・・・とモヤモヤした気持ちを抱えたまま生きていた。


 とにかく、毎日が嫌だった。さめざめと毎日泣いていた。そんな時、出会ったのが彼だった。


 彼は、短大時代の友達が主催する飲み会にいた。かっこいいとは思わなかったが、話していて楽しかった。教室のすみっこでひそひそ話すタイプの私とは正反対で、クラスの中でカーストが高い女の子と喋っているタイプの男子だと思った。一言でいえば「チャラかった。」


 思い切ってメッセージを送ってみた。


「ご飯食べに行きたいです。」すぐに返事は来た。


「明日ならいいよ。」


 それから、二回くらい会った。彼は私が遊びたいです、と言えば翌日には会ってくれた。二回目は私の誕生日が当日だったため、ご馳走になった。誕生日なんて言わなければよかった・・・。と私は思った。一回目の時も奢ってもらったのに、今回もなんて少し申し訳なかった。


 三回目に会った時。その翌週は、ちょうどバレンタインデーだった。

根暗で、たいして可愛くもないし、たいした話もできない私なんかの誘いに乗ってくれて有難う!。私はそんな気持ちを込めて、雑誌の付録に乗っていたレシピの中で一番簡単そうな「ガトーショコラ」を作った。苺をハートに切って、クリームものせた。そしたら、ちょっとハートの形は変だけど、世界にひとつしかないハートの形のシフォンケーキが出来た!。


 こんなのハートの形をしたシフォンケーキなんて、どこにも売っていない!はず!?。わくわくしながら、その彼を待った。


 私は、その彼がトイレに行っている間に、そのガトーショコラを彼の座っていた椅子に置いて、寝たふりをしていたら、彼はものすごく喜んでくれた。


「すごく嬉しかった!。」「本当にうれしかった!。」三回くらい言われたうえに、やたらベタベタしてきた。二月の季節はまだ寒く私は分厚いコートを着込んでいたので、あまり触られた実感はわかなかった。相変わらずチャラいなぁ私なんかにもこんな事するなんて、と思っていたら、別れ際、抱きしめられた。


「・・・・。」


 さすがに、私はもてないとは言え、男性経験は少しはあるので、あまり照れはしなかったけど、何も駅の改札で抱きつかなくてもいいではないか。という気持ちと、悪くはない気分だった。彼の背中に手を回し、私の事はどう思うか思い切って聞いてみた。今は答えられないと彼はいう。


「答えられないのには、何か理由があるの?。」


 なんで、この人は私と会ってくれるんだろう。


「他に気になる人がいるから・・・ごめんな。」


 ああ・・・・。そうですか・・・。思ったより気持ちが沈んでる。


「じゃあ、どうしてこうするの?。」


「どうしてかな。なんか、こうしたくなった。」


「・・・・好き。」


私は言った。自分でも気づかなかった本心が口をついて出た。彼の私を抱きしめる手に力が篭った。


 ホワイトデーに連絡があって、彼はお菓子の組み合わせをくれた。


何がいい?。残るものがいいかな?と彼は言ったが、私は食べるものの方が好きだと言った。この人は、どうして私と二人で会ってくれるんだろう。


でも、確かなことは、私はこの人といる事で、自分の中に抱えている絶望が癒されている事に気付いていた。


この人といると楽しくて、この時だけは「挫折した自分」から離れられた。


 もっと癒されたくて、ある時、私は彼の肩にもたれてみた。カラオケで彼は歌っている真っ最中だった。


「俺も、癒されたい。」


 歌い終わった彼は私の膝に頭をのせると、私の顔を引き寄せようとした。一瞬抵抗したものの「癒して。なぁ。癒して?。」

 そう言われるまま、彼は迫るように私にキスをした。まったく慣れてないと思われたくなくて、唇をこじ開けられた時、そっと舌を絡めてみたら、痛いくらい舌を吸われた。音がするくらい、頭が真っ白になるくらい、ディープなキスだった。


 今思えば。私はこの時、いつも辛かったけど、彼も辛かったのかもしれない。


 彼は、むさぼるようにキスをした。まるで、必死な感じで何かを求める子供のようだった。

 

 その次に会った時も、まるで当然の流れのように食事をして、カラオケをしてキスをして抱きしめあった。



 それだけで、どんどん心が癒されていくように感じた。



 あまりにも彼が癒されたい、と毎日しつこいので、ある時は、彼の膝の上に乗って、彼を抱きしめてみた。

 彼はその日、とても疲れている顔をしていた。癒される?。と来たら、彼は頷いてくれた。彼のリクエストに答えて、私は今日の髪型をポニーテールにしていた。


「え?。なんで髪降ろしたの?。ポニーテール可愛かったのに。」



前回の食事の時、彼が言ったからだった。


「顔可愛いから何でもにあうやん。」


彼はさらっとそんな事を言った。


顔・・・可愛いのかな?。小学校の時は男子にぶす!とさんざん罵られたので、そんな事言われるなんて新鮮だった。少なくとも彼はお世辞をいうようには見えなかったのでうれしかった。


 彼は、ポニーテールの、露出した私のうなじにキスをした。どきりとした。そんなところにキスをされたのは初めてだった。


彼は駅まで送ってくれた。いつものようにキスをして、抱きしめてきた。抱きしめた身体ごしに彼の身体が反応しているのが分かった。


「ねぇ・・帰るの?。」


彼がいう。私は帰るよ、と言った。じゃあ帰りません、と言ったらどうするの?。と言ったら、彼は「パジャマかしたる。」と言った。 


「いつか、海に行きたいな。」彼は言った。海かぁ・・・。



 私の手首には半年前に、カッターで切った跡が完全に消えていなかった。その身体を、彼には見せられない。と思った・・・。



 彼とは海にいけない。



でも、「いいね。行きたいね!。」と言った。

水着とか来たら、この人は喜んでくれるだろうか。


「ヨット借りてさ。」


 ヨットなんて乗った事無かったけど、楽しそうだった!。

 

 彼とは、夏になる前、その次に会ったのが最後だった。


彼が試験が終わって暇だと言うので、いつもとは違う駅で待ち合わせした。最近できた、有名な大型家具屋さんに行こう!と彼が提案した。


 根暗な私は、他人とどうやって遊んでいいか分からなかったので、どこへ行こう!と言ってくれる彼が好きだった。

テーマパークに行ったし、有名な話題のお店も何件かはしごした。

まるで、遊び方をしらない子供に遊びを教えてくれるみたいに。自信を無くしている私を、いつも抱き寄せてくれる事で、私はすこしずつ元気になっていた。


 そこに属しているフードコートで昼食を食べ、いろいろと見て回った。そして、なぜか自然に私は彼に手を引かれて、彼の家に行っていた。


 こんな得体の知れない私を部屋に入れるんだ・・・と思っていたら、私はベットまで抱えられて、キスをされていた。


 彼とするキスが、私は好きだった。


「じゃあ・・・。電気けして?。」


 彼の欲望に応えるかわりに、私はわがままを言った。「やだ。」彼はそう言ったが、私の言う通りにしてくれた。手をつないで、何度もデートして、色んなものを食べて、最後は別れのキスもして。満員電車の中で、揺られないよう彼に捕まって抱き合って。


 そんな関係なのに、性行為しない方がおかしい気もした。


 彼が裸になり私も裸になって向かい合った。彼は、何をするにも身体よりも、じっと私の顔ばかり見ているので、私は恥ずかしくて仕方なかった。私は彼に見つめられたまま彼の手で、絶頂した。それを確認すると、彼は私の中に挿入した。その時も、彼はずっと私の目を見ていた。焼き付けるように。たくさん名前を呼んでくれた。耳に刻み込むように。終わった後も、抱きしめてくれた。


それが、泣きたいくらいに、嬉しかった。



 でも。手首に傷がある私は、夏に彼と会う事はできなかった・・・・。



 それから、7年後。


私は彼とは全く連絡を取らなくなり、連絡先を替えて、新しい人と出会い婚約した。


 私の過去の挫折も、自殺未遂をした過去も、実親との関係も、理解して、結婚しようと言ってくれた、私にはもったいないくらいの良い人だ。


 入籍を済ませ、結婚式を翌月に控えたある日、たまたまSNS を見ていると、「知り合いかも?。」という一覧リストに、あの彼のアカウントがあった。私は彼と会わなくなって連絡先を消し、アドレスも変えているから、なぜそこに彼が出てくるのか分からなかった。


彼が私の電話番号を未だに登録しているから?それとも彼が私を探したからなのか?。解りかねたが、確かに、あの彼だった。


思わず彼のプロフィールをクリックをしていた。


 そして、彼も、私と同時期に結婚した事がわかった。


 SNSとかで、元カレが幸せになっていたら複雑な心境になるとは言うが(元彼ではないが)、純粋に、彼が結婚したのが、幸せそうなのが、とても嬉しいと思った。


 自分にも、こんな感情があるなんて不思議だった。彼は結婚式の写真や相手の写真こそ載せていないものの、奥さんが飾り付けをしたらしい玄関のインテリアや、料理を載せたりして、とても楽しそうだった。


お幸せに。私も、あなたも。


私はそうひとり呟き、彼のアカウントを表示されないように設定した。


 彼といた時に、必死で隠していた、手首の傷は、今はすっかり癒えている。





・・・・・・・・・・・・・・(完)




 ここまでお読み頂きありがとうございました!!。


いや~しかし、読み返して思ったのですが、男心ってよく分からないですね・・・。


 まあ若かったらなんでもありですよね・・・。笑


 さて、新作の「19歳の冬」も読んでいただけると嬉しいです!

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あなたといると幸せだった。 夏戸ユキ @natsuyukitarou

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