【SF】ウィル・オー・ウィスプ
「遠いところをようこそ、お越し下さいました」
目的地で出迎えてくれたのは、このキト市を治めるムラカミ市長本人だった。その表情は政治家、というより公務員然とした雰囲気を感じさせる。1年前、財政再建の使命を帯びて地球本国から派遣された立場なのだから、当然ではあるのだが。
「衛星圏からは3日ほど掛かったでしょうか。定期便も大分と減りましたから」
「いえ、仕事の都合でオメガ1に滞在していたので」
「ともあれ、ご足労に感謝いたします。さぁ、どうぞこちらに」
元の主であるサダージ氏が亡くなってから99年が経つのに、邸宅はいまも綺麗に清掃されている。室内に展示されているのは、氏が生前に手掛けた芸術作品だが……それもレプリカばかりのようだ。
「お気づきの通り、この邸宅はサダージ氏の生家にも関わらず、真作は1つもありません」
かつてキト・コロニー近傍では『ウィスプ』と名付けられた希少鉱石が採取された。その淡く明かりを放つエネルギー資源を活かした数々の作品群は、いまも多くのファンを魅了して離さない。
「それどころかコロニーのどこを探したって、あるのはレプリカだけなのです」
応接間のソファーに腰かけた市長は、ため息をつくようにそう言った。
「それで、美術商の僕に声が掛かったと。しかし氏の作品はとても高額です。キト市にそれだけの余裕があるとは……」
「仰る通り、この街はもう死に体でしょう。老朽化する施設を衛生圏の援助で賄っているものの、それが精いっぱい」
大仰な仕草でコロニーの困窮を表現する市長は、この街みたいに時代がかって見える。
「来年10月31日はサダージ氏の没後100周年です。合わせて氏の作品を展示し、観光の目玉、街を復活させる起死回生の一手に……という理解でよろしいでしょうか」
「さすが、話がはやいですね」
「確かに、僕のクライアントにもサダージ作品のコレクターがいます。ですが……」
「ですが?」
「費用は5億。あの作品に関して言えば、レンタルなどもっての外だと」
絶句する市長。予想を遥かに上回る金額だったのだろう。
「……なるほど」
「特別な手土産でもあれば、答えの変わる可能性もありますが」
「手土産、ですか」
「まだ時間はありますので、もし気が向いたならこちらにご連絡ください」
近距離無線通信で僕の宿泊先を送信し、交渉を切り上げる。
市長は何か言いたそうな、奥歯にものが挟まったような顔をしたあと、ゆっくりと口を開いた。
「手土産になるか、まだはっきりとはしませんが」
「何です?」
「サダージ氏が扱った
僕は表情が変わらないよう、努めて変わらぬ調子で言葉を選ぶ。
「僕が知っているのは、作品の素材はこのキトで産出されたものだとか。今はもう枯渇していると聞いています」
「全くのゼロではありません」
「なるほど……しかし採集できたとしても、輸出入管理局の許可は下りないでしょう。希少鉱石の流通は厳正に管理されているのですから」
一般的な事実を告げて、市長の顔色をうかがう。
「……あまり大きな声では言えませんが、貴方なら網を抜けることが出来る」
「どういうことです?」
「流通が管理されているのは資源としての鉱石です。芸術作品であれば、管理局の管轄外です」
「確かに、そうかも知れませんが」
「もちろん、大手を振って堂々とは行きますまい。お互いに慎重を期す必要はあります」
中々どうして、市長は骨のある人物なようだ。辺境の公務員と侮っていたけれど、案外やり手なのかも知れない。
「場合によっては、市長の立場も危うくなるのでは?」
「私の立場など、元より危ういものですよ。中央の息一つで飛ぶものですから」
「しかし」
「前時代的な表現なのは分かっていますが、氏の作品は、このキトにとっては魂といっても過言ではないのです。その作品がこの街には一つもない。そんな理由だけでは、ご納得いただけませんか」
その言葉に嘘はないようだった。
覚悟さえあれば、法の網を抜けて希少鉱物を衛星圏に持ち帰ることができる。5億など取るに足らない取引になるだろう。
「わかりました。僕も最善を尽くします。しかし、1つ条件があります」
「条件?」
「採掘場を僕にも見学させてもらえませんか。本当にそんな鉱床があるのか、この目で見てみないと何とも」
すると、市長はにわかに眉を顰めた。
「かなり危険な場所です。専門のアストロノーツでなければ踏み入ることもない」
「ですから見学だけです。危険な真似はしませんとも」
「しかし」
「あしのつかないルートかどうか、僕は見極める必要があります」
「……良いでしょう。ですが、くれぐれも内密に」
「では、時間になったら、いつでも連絡を」
――港とは正反対に位置するコロニーの北端。深夜に専用車両で工業区画へ向かった先にいたのは、市長と、年端もいかない少女の二人だった。
「市長、その子は?」
「採掘を専門とするアストロノーツです。ほら、自己紹介を」
「ハール、と言います」
それだけ告げて、彼女は口を閉じた。
「彼女の家族は代々、キトのアストロノーツとして生計を立てています。腕は確かですから、ご心配には」
「そうですか……では、よろしくお願いしますね。ハール」
少しの心配も浮かんだが、今さら他の人間を呼んでくれとも言えない。なるべく不満が少女に伝わらないよう、僕は声を掛けた。
二人乗り短距離移動艇の操舵を彼女が握る。手慣れたものなのか、暗闇の中、何の迷いもなくイオンパルスが尾を伸ばし、やがて幾つかの小惑星が密集する宙域へと到着する。
「それでは行ってきます。決して船外には出ないように」
少女は船外へと出た。腰元から伸びたノズルの噴射を上手に制御して、地表へと近づいていく。
「ハール、無線は聞こえるかい?」
「聞こえます」
「その鉱山は、何で出来ているんだろう? ひょっとして、全部がウィスプで出来ているとか」
「ほとんどは特徴のない岩石です。表面にはヘリウム3が大量にありますけれど」
「じゃあ、量自体はやはり少ないのか」
「前回の採取から時間も経っているので、ある程度は」
「前回?」
問いかけに応える必要はないと考えたのか、彼女は器具を取り出して採掘を始めた。よほどピンポイントでの採取が必要なのだろう。採掘船も使わないその姿は、かつて地球で見た彫刻家のようにも思える。
そうして彼女の後姿を見ているタイミングで――聞きなれない警告音が船内に響いた。
「な、なんだ」
ピーッ、ピーッと頭をかき乱すように鳴り響く狂音。少しの時間を置いて小惑星の表面に火花が走る。アレはマズい。いくらなんでもマズい。
「ハール、早く戻るんだ。デブリが迫ってる!」
衝撃波で船体がグラつく。不確かなノイズが混じる。心拍数が上がっているのが分かる。こんな小型艇、直撃したら一貫の終わりだ。
瞬間、視界の端にキラリと輝く物が見えた。
デブリが太陽光を反射したのだろう。
「――――あ、」
言葉を継げる暇はなかった。僕の視線が動くよりも早く、小さな物体が暗闇を裂く。彼女が避けられるはずもない。船の表面に液体が飛び散る。音こそ聞こえないが、なめらかな水分を思わせるビチャリとした感触。これは、きっと、人間の血だ。
やがて警告音が止まる。それは接近したデブリ群が過ぎ去ったことを意味する。
「ムラカミさん、無事ですか」
「ハール!? いや、大丈夫だけど、君は!」
「私も無事です。幸運なことに、アストロノーツの遺体が私を守ってくれたようです」
「遺体、だって……?」
かつてこの宙域はデブリが多く、幾多のアストロノーツが事故で亡くなったそうだ。しかし、遺体の回収には相応のコストとリスクが伴う。それはまるで中世の船乗りみたいに、その殆どが宙域に放置されているのだと彼女は語った。
「無事、ウィスプも採取できました」
袋詰めされた鉱石は淡い光を放ち、暗闇の中のランタンを思わせる。これだけあれば5億はくだらない。けれど僕は労いの言葉も掛けられないまま、彼女の操縦する船の揺れに身を任せていた。
「市長、あの宙域は閉鎖するべきではないですか。確かに鉱石を得ることは出来ましたが、あまりにも危険すぎる」
市長室へと足を運んだ僕は、自分でも意外なほど、口調が粗ぶっていた。
「先の大戦の影響でしょう? 大国間の争いの爪痕があるのに、連邦政府に抗議はしないんですか?」
「……仰ることは、よくわかります」
息を切らす僕とは対照的に、彼は静かに椅子に座り、言葉を返す。
「じゃあなぜ」
「このコロニーの財政を影で支えるのが、あの希少鉱脈です。アレは岩石とデブリとの衝突によって生まれる化合物を含む。デブリそのものを排してしまっては、我々の命脈が絶たれてしまう」
「し、しかし」
「この街とデブリは切っても切り離せない関係なのです。辺境の寂れたコロニーが、連邦との繋がりなくして成り立たない様に。衛星圏で生まれ育った貴方にはきっと理解できないでしょう」
「……」
「今の話、聞かなかったことにしますよ。どうか、今日はお引き取りください」
市長の言葉に、僕は続けるべき言葉を見失ってしまう。
「作品の調達が完了したら、また連絡をください。来年の10月はきっと、鮮やかなウィル・オー・ウィスプを」
僕は観念して、今後の段取りについて話を詰めた。当初の予定通り作品を用意する。最初に描いていたものと何の変更もない、ビジネスの話だった。
その後、旅客船がコロニーを発するまでの間、僕はハールにメッセージを送ってみた。あの宙域は危険すぎる。アストロノーツをやるにしても、もっと安全な場所にした方が良いと。
余計なお節介だとわかってはいるが、どうしても送らずにはいられなかった。そして、帰ってきた返事はシンプルなものだった。
「ありがとう。でも、私はこの街が好きだから」
網膜デバイスに投射されるメッセージをタップして閉じる。
やがて船は港を離れ、暗い夜空へと吸い込まれていく。
多分続かないショート・ストーリーズ 政宗あきら @sabmari53
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。多分続かないショート・ストーリーズの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます