3
それから一ヶ月、私はミナと暮らした。今から振り返って思えば、夢のような日々であった。
「ねぇドラクル。あなたはどうしてそんなに優しいの?」
まさか『最高の快楽とともに君を吸い殺すのを楽しみに、欲望を研ぎ澄ませている最中だからだ』とも言えない。適当なことを言ってはぐらかした。
「ねぇドラクル。あたしね、あなたが本当に吸血鬼だったらいいのに、って思っていたわ。でも、違うのね。あなたがブラム・ストーカーに出てくるような本物のドラキュラ伯爵なら、私はとっくに餌食にされてしまっているもの」
……。
「ねぇ、ドラクル……」
そのほか、彼女が私に残した睦言の類を、私はほとんどすべて
そして、その日は唐突にやってきた。彼女の言う、十六歳の誕生日だというその日の、一週間ほど前のことだった。
彼女は
そのようなことは吸血鬼である私にとってはさしたるほどの痛手ではなかった。だが、彼女を失ったことは、想像を遥かに超える衝撃を私にもたらした。
「ミナ……何処へ行った……」
うわごとのように、繰り返しそう呟く。何度も何度も。
あのパブには行ってみた。バーテンや他の常連客に催眠をかけて、彼女の素性を知らないか探りを入れてみたが、分かったのは彼女がミナのほかにもルーシーだとか、いくつもの偽名をあの店だけで使い分けていたという事実くらいなものだった。
「ミナ……何処へ行った……逢いたいんだ……」
この足でロンドンじゅうを探した。それでも見つからなかった。探偵を雇い、英国一円を辿ってその足跡を調べさせた。だが、年齢と誕生日くらいしか手掛かりがないのでは、お手上げだった。英国は広いのだ。だいたい、英国にいるとも限らない。
「ミナ……何処へ行った……逢いたいんだ……私はもう一度、お前と……」
やがて、もう一度の大戦争が起こった。私は命を失う心配がいらなかったから、身分を偽って軍に入り込み、大陸へと渡った。だが、どれだけ転戦を繰り返しても、ミナの消息にすら辿り着くことはなかった。
戦争が終わったあと、新聞に広告も出してみた。
「ドラクルより ミナ・ハーカーへ 連絡を求む」
これは『吸血鬼ドラキュラ』のファンからからかいの手紙が来ただけで終わった。
また時は流れた。時間はあるので、あてどもなくミナの面影を求めて彷徨い歩きもした。だがそんなことをしたところで、見つかるはずもない。
幾十年過ぎても、私の心は千々に乱れるばかりで、元の落ち着きを取り戻すことがなかった。
そして、今日。
今日はミナが言っていた、十六歳の誕生日のその日からちょうど百周年目にあたる。テレビに、世界で最長寿の人間というのが出ていた。女だった。彼女は百十と五歳であるという。もちろん、ミナとは別人だ。
百年が過ぎた。ミナが人間としてあのあとどれだけ生きたかは分からないが、少なくとももう死んでいることだけはこれで確実となった。
人中に在りて百年。私は孤独だった。
ミナが天国に行ったか、地獄に行ったか、私には分からない。
ただ確かなことは、吸血鬼である私はそのどちらにも行くことはできないということだ。
家臣に命じてある。今宵、私が棺桶に入ったら、この胸に杭を打ち立てるようにと。
この百年。ミナ、君は私の傍にいてくれなかった。
ならばせめて、永遠の
名も知らぬ きょうじゅ @Fake_Proffesor
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