僕らの虫籠

あの声――前編


 開けた窓から入り込むのは潮の香りと、波の音を掻き消す人の声。それから虫。


 灯屋は海を見下ろす崖の上にある。

 隣には魔物を相手にした露店喫茶があり、連日かなりの賑わいを見せている。人間が魔物と遠くから転送移動で来店する事も珍しくない。

 灯りは前ほど売れなくなった。人間たちの使う魔法があるから、わざわざ買う必要がないのだ。

 それでも灯屋は灯りを売る。虫は灯りに寄って来るからだ。


 窓を開けていると、静かな店内にも響く声たち。

 もうあの水槽はない。僕たちは引っ越したけど店の間取りは変えていない。

 ただ入り口に黒い御守り石を置く事にした。そうでなければ入れないお客さんが多くなってしまったから。変わった事と言えばそのくらい。


 少し暗い店内に並ぶ灯り。石燈篭に花提灯、硝子細工が泳ぐ水毬に、幻が揺れる蝋燭もある。いつも座っている店の奥、そこの机の上には偽物の炎が揺れていて、その炎の中には小さな木が生きている。

 窓から一頭の蝶が迷い込んだ。

 蝶はひらひらと炎に、その中の止まり木に吸い寄せられるようにとまる。そして蝶は炎にかけられた魔法によって箱庭へ飛ばされる。


 チリリンと激しく鈴を鳴らしながら玄関が開いた。

 尾を生やした三人組の男の子が虫籠を持って走って来る。

「灯屋さん! 虫つかまえてきたよ!」

「いっぱいとったよ!」

「ケガさせないように気を付けたんだよ!」


 虫籠に一杯の虫を自慢するようにピョンピョン跳ねる三人の耳には、御守り石の耳飾りが付いている。

 この子たちのように、魔物には御守り石を付けて尾人の姿のまま生きる者がいるのだ。

 今のところ人間との関係は良好で、子供たちは親に内緒で魔物になっては御守り石を失くしてしまって怒られる。


「ありがとう」

 好きな物を持っていくといい、と言って僕は大きめの竹籠を机に置いた。

 それは虫を捕まえてきてくれる子供たちへの報酬として用意したものだ。中には本物のように動き回る竹細工の虫たちがいる。貝の羽で飛ぶ蝶も。

 三人の子供たちはそれを一つずつ持って、また勢いよく走って帰って行った。

 それから思い立って店に『閉店中』の看板を出す。

 そしてその場で足先から滝に向かう。



 梅の花舞う春待ちの山。そこいらには雪が残っているけれど、滝はすでに氷を融かしゴウゴウと落ちている。

 バシャンと大きな水音がした。

 滝壺に向かって槍を構える人の姿を見つけ歩いて行くと、その人が振り返る。

「来たのか、アメノ」

「うん。店は閉めて来たから、僕も手伝うよ」

 滝壺の人ツムリと戦闘をしていたノウミは水浸しだ。


「アメノが来たなら上へ行こう。上の川でミズハさんとシラユキが戦ってるんだ」

「それって本当に人ツムリと戦ってる? 二人で戦っちゃってない?」

「分からんが、落ちてくる人ツムリの量は少なかったぞ。滝壺にはもうほとんどいない。最後に確認だけすればいいだろう」

 僕たちは魔力の気配を探りながら上へ登っていく。

 湿った地面を駆け回る魔物たちの足音を微笑ましく聞いていると、爆発音が響いた。

 続いて人ツムリを含んだ水がバシャバシャと落ちてくる。

 慌てて網を広げて受け止めると、人ツムリは空っぽだった。


「やっぱりやってる……どうしてあの二人を一緒にしたの」

「すまない。二人とも絶対に滝壺は嫌だと言ったので私が……」

「あぁ、似てるんだよね、あの二人。それ言うと怒るけど」

「血の雨が降るな」

 滝の上に着くと川を挟んで二人が睨み合っている。川岸に人ツムリが大量に打ち上げられているので、退治は済んでいるのだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る