僕らの立ち位置――捌

「それまでは、できるだけ魔力を消費しないように戦おう」

 ノウミが僕に言う。

「じゃあ上級魔法師たちに塩の大槍を作らせるか」

 そう提案するのはミズハさんだ。

 彼らの言葉を聞きながら、癒されてはいけないと意固地になっていた僕の過去が救われた気がした。


「大槍は少しずつでいいですから見つからないように作って下さい。戦闘は人ツムリたちに魔力を消費させることを最優先で」

 分かったと口々に答える中に、一匹の人ツムリが飛ばされて来た。

 誰かが魔法で雷を放ったのだろう。人の顔より大きなその人ツムリの体は電気を帯びており、殻から体を出してぐったりとしている。


 お祖母さんがそれに食いついた。

 やはり殻は硬くて噛み砕けないようだけれど、中身を引きずり出してつるりと飲み込む。彼女の口の周りがねっとりと赤く染まる。

「あら、意外と美味しいわ」

「お腹を壊しますよ」

「歳を取ったって、いつも新しい事には挑戦しなきゃ」

「そうですね」

「ほら、行くわよ。乗って」

「それじゃあ、失礼します」


 僕たちが戦場を走り回るうちに、チラホラと人間を背に乗せる魔物が出てきた。話が通じる事が分かったからかもしれない。

 いつの間にか空が真っ赤に暮れている。

 人ツムリの数もかなり減っているけれど、まだ六割といったところだ。


 僕とお祖母さんが崖っぷちを走っている時、空気が振動するのを感じた。空気というよりは水かも知れない。漂う水分が波紋を奏でる。

 ザバンと大波が寄せる。海面に鯨の群れが顔を出した。

「私、初めて見たわ。あれなに?」

「鯨ですよ」

 お婆さんが不思議そうに「ふぅん」と返事をし、崖から飛んだ。


「ちょっと!」

「ちゃんと足場を作って下さいな」

「何やってるんですか!」

「鯨を見に行くのよ。どうせすぐに王のところへ行くんだからいいじゃない」

「まったく……」


 海底でじっとしていた鯨たちは次々に海面へ上がって来て海を埋めつくす。

 すぐに僕の作る足場は必要なくなり、お祖母さんは鯨の背に降り立った。

 そこには海豚たちも来ている。一頭の海豚の背にヤマトがいた。


「ヤマト!」

 僕が呼ぶとヤマトがいるかに乗ってこちらへ飛んで来る。

「すっげぇよ! やっぱり鯨たちも魔力が減らないから気にしてたんだよな。めちゃくちゃ集まって来てさ!」

「それより、どうやって呼んだの? 言葉も通じないのに」

 僕が聞くとヤマトは得意気に胸を張る。

「俺、海豚と話ができる魔法を編み出したんだ。だから海豚に通訳してもらった」

「海豚好きもここまで極めると狂気だよね」

「なんとでも言え。それより始まるぞ」


 鯨たちが青い霧を噴き出すと、風が奏でる笛のような音が聞こえてくる。

 辺りは崖の上まで青い霧で一杯だ。鯨たちが歌うように鳴く。その声が段々と夕暮れの色に染まって、青い霧をかき混ぜる。

 それが様々に形を変えながら、やがて混ざりあって紫の水毬となる。


 水毬は海に溶け、弾けて空気中を漂う。

 それを海豚たちが運んで泳ぐのだ。

 それは海からの贈り物。世界のほとんどが水である事を思い出させる力だ。水の中に溶ける魔力は、巡らなければ淀んでしまう。

 その一端に僕らは生きている。


 魔力は満ちた。

 塩の大槍が掲げられる。ノウミがそれを構え、大勢の仲間が道を開ける為に戦う。

 王は魔法を使おうと思ってから躊躇った。殻にはもうあと一滴の魔力しか残っていない事に気が付いたのだ。

 その隙があればノウミは槍を王に突き立てられる。


 巨大な王の、その渦巻きの中心に塩の槍が突き刺さった。

 僕は走り出すお祖母さんに振り落とされないように捕まって、殻がひび割れていくのを見ている。大槍はただの塩に戻って傷口から体内へ。 

 声のない彼らの悲鳴を聞いた気がした。

 空気に満ちる水が震えた。

 そして傷口は僕を簡単に体内へ通す。


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