僕らの立ち位置――肆

「それじゃあ手筈通りに」

 僕はみんなにそう言った。

 ミズハさんがさっさと消えていき、元ミミズくんとシラユキもそれに続いて消えるともう後戻りはできないと自分に言い聞かせる。


「本当にいいんだな? 尾は消して行くし、尾人たちを魔法で海に飛ばすぞ? 魔法を隠さずに使っていいんだな?」

「いいよ」

 ヤマトさんが最後の確認をしてから消えると、灯屋には僕とノウミだけになった。

 ノウミが僕の方をじっと見て口を開く。


「この作戦は失敗させない。失敗してもアメノのせいじゃない。誰が死んでもアメノのせいじゃないんだからな」

 過去について話をした覚えのない僕は驚いた。

「あれ? 僕が参謀だった話したっけ?」

「この前アメノが熱を出した時、譫言で言っていた」

 だから詳しい話は知らないけれど、と付け加える。

 その目はじっと僕を見たまま逸らされない。


「そっか。じゃあ、これは知らないのかな? 僕が相手国の城を焼き払った事。関係ない人もいたんじゃないかな? たくさん殺したんだよ」

「知っている」

 僕もノウミの目をじっと逸らさずに見返してみる。

 その中で僕が揺れていた。依然としてノウミは真っ直ぐで、僕は次の言葉を待っている。

 今も僕は癒されたいのだ。救われたいのだ。これではまるで虫のようではないか。あの日からずっと、僕の感情は破裂寸前なのだから。


 ノウミは続ける。

「知っているが、ただの戦だ。仲間の命を大切に思ういい参謀だ」

 ふっと息が漏れた。すると、詰まっていた物を吐き出すような感じがした。

「お前はどうして虫相手にそれが言えないかな」

 僕が笑うと困ったように眉根を寄せるノウミ。

「思った事が口に出てしまうんだ。いい事も悪い事も。たまたまだ」

「そう」


 水槽に近づき、出口も入口もない硝子の中に水ごと女王様を閉じ込める。それを縄で編んだ袋に入れて肩から下げる。今日も行李は背負っていく。

 女王様は強がりなのか、少しも怯えていないように見える。

 こちらを睨み付け、手にはお手製と思われる小刀が握られている。


「それじゃあ僕は女王様を連れて魔物になった人たちの所に行くから、ノウミは虫籠と箱庭の虫たちを連れて海に行ってね」

「あぁ。分かった」

 ノウミはそう答えると、ようやく視線を外す。


「私も、いつまでも人間が虫のままでいいとは思わない。尾人は滑稽で生き辛そうだし、魔物に戻してやりたいと感じている」

「僕ってそんなに不安定に見える?」

 僕の支えになる言葉をくれようと頑張っているノウミに、照れから思わずそんな言葉を返してしまう。

 違う、それじゃないと思うのに、口から出て行ってしまった。


「あぁ。だから頼ってくれよ」

 肯定されるとは思っていなかったので碌な返事ができなかった。

 何と答えたのか、今の事なのにもう思い出せないけれど少し救われて、僕はやっと動く事ができるらしかった。

「もう行くよ」

「私も、海で待っている」

 僕はさっさと頭の方から消えていく。


 着いたところで尾人の姿のシラユキが舞を舞っていた。

 その後ろでは元ミミズくんが尾人たちの集まるのを待って魔力を練っている。

 僕はしばらく妖艶なシラユキの舞を見ていたけれど、大丈夫そうだと安心して歩き出す。

 向かうのはケンの家だ。


 石造りの家の並ぶ町。白い塗料の塗られた玄関の木戸を叩くと男の声で返事があった。

 出てきたのはケンの父親だ。

「あぁ、灯屋さん!」

「こんにちわ。用事で来たので寄らせて頂いたんですよ。あれからケンくんの具合はいかがですか?」

「お陰様ですっかり元気になりましたよ。退院して家に居るんですけど、すぐ呼びますね」

「ありがとうございます」


 父親に連れられて二階から降りて来たケンくんはブンブンと尻尾を振り、これから起きる事に気が付いている様子だ。

「灯屋さん! 僕も行く!」

「こら、ケン!」

 父親が慌てて止める。そして僕は微笑んで「いいですよ」と答える。


「海へ行こうと思っているんです。元気なら一緒に連れて行きますよ」

 ほらね、と得意げな顔をするケン。

 父親も海と聞いて、控えめな声でお願いしますと言った。

「お任せください。あぁ……広場に踊り子が来ていますよ。見に行かれてはどうですか?」

「それは珍しいですね。行ってみようかな」

「ぜひ、お祖母さまもご一緒に行かれるといいですよ」

 それから僕は早く早くとせがむケンを人気のない路地に連れ込み、二人で病院の地下へ飛んだ。


 明るい所から急に、朱い灯りだけしかない地下に飛んだのでほとんど何も見えない。

 そこへ声がかかる。

「灯屋さん?」

 母狼魔の声だ。ケンは声のする方へ走っていく。

「はい。約束を守りに来ました」


 ざわざわとした声が広がる。たくさん重なる小さな声はだんだん大きくなっていく。

「私たちは何をしたらよろしいのでしょう?」

 母狼魔が聞く。

「一緒に来て下さい。何百、何万という尾人が一斉に魔物の姿を取り戻します。そこにいてほしいのです」

「説得をしたらいいのですね?」

「はい」


 母狼魔はこの前とは全く違った雰囲気を醸し出している。

 自分は魔物であるという自覚を持ったことで何かが変わったのだろう。

 それは、かつて最強と呼ばれた狼魔の姿を彷彿とさせた。見え始めた薄明かりの中で母狼魔が僕を見下ろしている。


 地下にいる多くの魔物たちが声高に咆哮を始めたのを「黙りなさい」と静かな声で止めて、母狼魔が言う。

「お待ちしておりました。連れて行って下さい」

 その言葉を待っていたのか、ケンが僕のあげた黒い御守り石を捨てる。

 手足の爪が鋭く尖り、牙が生える。耳がつくり変わり、全身が白い毛に覆われていく。耳の後ろから銀色の角が二本、するすると伸びる。

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