僕らの立ち位置――参
「ノウミ。急いで全員を転送するから手伝って!」
「それはいいが、急にどうした?」
「ここはたぶん灯屋の真下だ。急がないと灯屋が落ちてくるよ!」
僕とノウミが転送を始めた直後、それは落ちてきた。
ドシン! という激しい衝撃音の中で祈る。
そして今、灯屋の床に六匹のミミズが転がっているという事は転送が間に合ったのだろう。
それと同じミミズになっているからなのか分からないが、魔力なしでミミズくんの声が聞こえる。それでなくてもプルプルと震えているのですぐに分かるけれど。
「ごめんなさい、ごめんなさい! でも僕の話を聞いてよ! ひどいでしょ? あんなに愛してあげたのに。あんなに愛してくれたのに……毒を盛るなんて! 殺したいほど愛してるならそう言ってくれたら良いのに、言わずに他の男にその愛を向けるなんてさぁ。言われた通りの服を着て、彼女が望むとおりに上級魔法師の資格も取ったんだよ」
ブツブツ言い続けるミミズくんに、天災直後の僕たちは恐ろしくて何も言えない。
けれど虫の声を聞いた事のないシラユキは違った。
「あんたの愛は重いのよ! それに押しつけがましい。そりゃあ逃げたくもなるわよ」
「でも!」
「でもじゃないわよ! あんた自分の為に愛してただけでしょ! まぁ、彼女が酷いってことは認めるけどね」
「そうでしょ⁉ だって彼女……」
「だってじゃないの! だいたいね、女の半分は我がままでできてるのよ!」
「そんなぁ……」
ミミズくんはうな垂れる。ここまで口を挟む暇もなかった。
「シラユキ。そのくらいにして」
僕の訴えを無視してシラユキは言う。
「そんな女と別れられて良かったじゃないの。きっと毒を盛らない女もいるわよ」
「シラユキさん……」
そのミミズくんの声と共に僕たちは人間の姿に戻った。
ついでなのでミミズくんも人間に戻してみたら、上手くいった。
思いがけず最後の虫の、過去の傷が解された。全ての準備が整ったのだ。
紫の紋の入った上級魔法師の制服を着たひょろっこい男が、白い狐に縋りついている。
「離れなさいよ、鬱陶しい!」
「気の強い女性も好きです」
その時、外の景色に気が付いた。灯屋の窓から見えるのがいつもの猫吉爺さんの家ではなく、石壁なのだ。
そして、落ちたのだったと思い出す。
「開かねぇぞ」
扉をガチャガチャしながらミズハさんが言う。
僕たちが二階のベランダに立つと、案の定わらわらと外に人だかりが出来ている。
「すいませんでした。うちは大丈夫ですから」
それだけ言うと、口々に励まして帰って行く尾人たち。
それから思い立って水槽の女王様を見に行く。
女王様はさぞ馬鹿にした笑顔を向けてくるだろうと思っていたけれど、水槽の隅の方で震えていた。何があったのかは聞かなくても分かる。
「ちょっと! 私の話は終わってないのよ!」
トタトタと階段を駆け下りる足音と共に怒鳴り声が聞こえる。そこへ、僕だって説明がほしいと声が重なった。
「まずはシラユキだね」
僕は崩れた壁の破片を一つ取り、病院でケンにしたように魔力を込めていく。出来上がった黒い石を首飾りにして、シラユキの首に着ける。
彼女はあの時に見たままの、白く冷たい雰囲気の妖艶な尾人になった。
興奮する元ミミズくんへの説明を皆に任せて、僕はシラユキに言う。
「それを身に着けていれば尾人になれるよ。でも本来の姿は魔物だ」
「まぁ、魔法を使うところを見たんだから、あんたが人間だって言うのは信じるわ」
「往生際が悪いね。もう理解しているはずでしょ」
「魔物だったなんて、納得できるはずないじゃないのよ」
シラユキは顔を曇らせる。尾人にとって魔物は悪いものであるらしい。それに加えて獣病の印象も強いのだろう。
「魔物はとても強くて美しかったよ。尊敬に値する敵だった」
「でも敵だったんじゃない」
「そうだよ。それでも悪じゃなかった」
「じゃあ人間が悪だったのかしら?」
シラユキはつんと顔を背ける。僕はケンにも話したように、違うと答えた。
「どちらが悪という事はないよ。どちらもただ生きただけ」
「そう思いたいだけじゃないかしら?」
「そうかも知れない。たくさん殺したからね」
シラユキの目が見開かれる。
「僕は懺悔しているんだよ。だからこの世界をあるべき姿に戻したいんだ。海豚は故郷の海へ。尾人は本当の自分である魔物に。虫たちは人間に戻るんだ。変わるんだよ。その為の準備は整ったんだ。他の魔物たちとも約束したしね、手伝ってくれない?」
「何をしてほしいのよ?」
他の魔物、という言葉に興味を示したシラユキが聞く。
「尾人が魔物に戻るにはきっかけが必要なんだ。だから尾人たちの前でたくさんの虫たちを人間に戻すんだよ。尾人をそこに集めてほしいんだけど、いいかな?」
たくさんの虫を一度に人間に戻すのに数人の人間。
戻った彼らに説明する人間。
それをきっかけに魔物に戻るだろう尾人たち。
そして尾人たちの混乱を静めるのにはやはり同じ尾人、魔物が必要だ。
そして、やらなければならない事がもう一つある。
人ツムリたちを絶望させる事だ。女王様を殺しても必ず次が現れる。それでは繰り返しでキリがないから、絶望してもらわなければいけないんだ。
雑食性の人ツムリは虫でなくても別の食糧を見つけるだろうから、人間と戦ってはいけないと思ってもらえばそれで終わる。
そうでなければ多くの人ツムリを殺さなければいけなくなってしまう。全ての虫を捕まえるにはもう少し時間がかかるから。
その為に圧倒的な人間と魔物の姿を女王様に見せるんだ。
女王様にとびきりの絶望を。
「これは尾人が築いた今の世界に対する革命だ。自分を取り戻すためのね」
シラユキは暫く黙っていたけれど「いいわ」と言った。
「やってあげる。退屈していたのよ」
「助かるよ」
丁度、今の騒ぎで灯屋も建て直さなければいけなくなった。革命の後に魔法を使えば片付けも引っ越しも楽にできる、と安心した。
「おい。こっちもいいぞ」
ミズハさんが元ミミズくんの肩に手を置いて言う。
「まぁ、これでも上級魔法師ですからね。手伝えることは多いと思いますよ」
元ミミズくんはヤマトとミズハさんにビクビクしながらも大口を叩いた。
実際、自信があるのだろう。魔力の溢れる今の世界ならばできる魔法も多いはずだ。
「作戦を立てよう」
自分の言葉が傷口に突き刺さる。一つ間違えれば大乱闘の殺し合いになってしまう計画だ。それでも、僕はもう間違えない。
「意見を聞かせて下さい」
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