魔物の石薬――弐

 僕は桐花の都を歩きながらミズハさんの気配を辿る。

 店を出る前に、呼び出しの合図にしている『逆さ虹』を空に掛けたのでもう都には着いているはずだ。

 ひと先ず、僕はいつもの場所に向かう。


 石畳で整えられた桐花の都は、たいして上手に手入れがされていないので隙間から雑草がよく伸びる。それはそれで雰囲気があっていいと僕は思う。

 建物はどれも木造りだ。都の正面と裏を川に挟まれ、舟で多くの尾人が出入りする大きな国だ。

 おそらく国だ。


 先代たちの書物にも書いてあったけれど都や町、集落にはそれぞれ領主がいてそこを纏めている。僕たちが生きた時代のようにくっきりと分かれている訳ではない、ゆるい纏まりだ。町ごとに国兵がいるけれど出入りは自由。

 それはおそらく、尾人たちにとって国なのだと思う。


 川のよく見える高台に登り、そこの狭い坂道を下る。突き当りの階段を降りると崖の途中に、ホオヅキに埋もれる廃墟がある。そこがミズハさんの好きな場所だ。


「よぅ、アメノ。今日は何が欲しいんだ?」

 冬が近づき茶色くなり始めた実を食べながら、ミズハさんが言う。

「石薬が欲しいんですよ。ていうかそれ美味しいんですか? もう枯れてませんか?」

「まだ食えるからいいんだよ。ホオヅキはいいぞ。花は可憐で実は美味い。薬草としても使えるしだな」

「けれど薬草がよく効くのは人間だけです」

 僕が言うと、巾着鞄を漁りながらミズハさんが笑う。


「なんだぁ? 魔物の友達でもできたか?」

「お孫さんの熱が下がらないそうなんです」

 多くは話さず、それだけ答える。それでも全て伝わったようだった。ミズハさんが難しい顔で言う。

「尾人は石薬なんかぜってぇ飲まねぇぞ」

「口に入りさえすればいいんですよ。やり方は色々ありますからね」

 ミズハさんは僕に茶色くなったホオヅキを差し出す。それを受け取って手の中で弄びながら、数種類の石が砕かれて粉々になっていくのを眺める。


「命がけで認めねぇんだから、困った奴らだよな。飲めば治るってのに。あいつら顔を真っ赤にして怒鳴ってきやがる。その後は俺の方が変人扱いよ」

 それを聞いて、この人も何かしら試みた事があるのだと少し嬉しくなった。

「仕方がありませんよ。認める事が怖いから攻撃的になるんでしょう」

「けっ! こっちは治してやろうってのによぉ」

「上手くやらなければいけないんですよ。一人で動いているんですから、そういう立ち回りは得意なんじゃないんですか?」

「俺がか? 得意なもんか。駄目だと思ったらあれもこれも虫のせいにして魔法で片付けんだよ。それが一番楽だろうが」

 逃げ場のない魔力も消費できて環境にも優しいのだと、ミズハさんは言う。その顔は得意げでも何でもなく、普通の事だと言わんばかりだ。


「そろそろ頃合いかも知れませんね」

「この前の角虫か?」

「はい。彼がいれば計画は成功するでしょう」

「ありゃあ酒が弱くて駄目だぞ?」

 ミズハさんは手でクイッとやって見せる。

「ノウミは強い方ですよ。それに計画と酒の強さは全く関係ないじゃないですか」

 ミズハさんは、独特のニカッとした笑い顔を見せる。

 不覚にも、朝まで付き合わされた酒の酔いが舞い戻ってくる感覚を覚えた。

 いい訳ではなく言っておきたいのだけれど、僕もノウミも酒は弱くない。ミズハさんはすぐ酔うくせに僕たちより量が飲めてしまうのだ。


「酒が強い奴はあっちも強いんだよ。ほれ。熱を下げる石薬だ」

「ありがとうございます。他のも下さい。少し多めに」

「お前なぁ、あんまお節介すんじゃねぇぞ。俺たちは人間なんだからな」

「分かってますよ。でも今は敵ではありません。時代は流れ、変わっていくんです」

 ミズハさんは立ち上がり多くの枯れゆくホオヅキの中を、まだ食べられそうな実を探してうろつきだす。

「まぁ好きしろ。また助けてやるからよ」

「頼りにしています」


 僕が言い終わらないうちにミズハさんは消えていく。この人はいつもこうなのだ。

 僕はこの場所があまり好きではないから本当は一人で残さないでほしいのに、いつも一人で残される。特に今日は枯れゆくホオヅキが蜂蜜色に見えて、蜜蜂だった自分の事を思って物悲しくなってしまう。

 あの頃の事ははっきりと覚えているわけではない。それでも命がもっと近くて暖かいものであったあの感覚は忘れられない。口の中にほろ苦い蜜の香りが蘇るみたいだ。

 とにかく、僕は石薬を行李に隠して病院へ向かう。


 正面玄関から入ると、十以上の扉が並んでいる。その真ん中に受付があった。

 受付の前に置いてある筒状の機械で尾の殺菌消毒をするように言われる。それが終わると受付で用件を聞かれ、それぞれの扉へ案内される。

「灯屋ですが、入院中のケンくんに届け物です」

「こちらで渡しておく事もできますが、どうされますか?」

「いえ。顔を見たいので」

「かしこまりました。こちらの札を持って三番の扉からお入りください。五階の二号室になります」


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