夢の袖――拾弐
僕はごめんねと、口には出さずに祈った。
かつてこの世で魔法を使えるのは人間だけだった。だから馬鹿な喧嘩はしても、魔法同士を激しくぶつけ合っての戦争はしない。
魔物との戦に魔法を使うのは人間の方だけ。魔法をぶつけ合えばどんなに陰惨な状況になるか想像ができるからしない。
けれど種族が違えば、必ず全面戦争が起きる。
今ならまだうなぎ上りに増え続ける人ツムリの数を減らし、戦うことを諦めてもらう事ができると考えていた。
人ツムリたちは交戦的で、他の種族に対して挨拶がわりに攻撃を仕掛けるような連中だ。そんなのが言葉も持たないのだから、理解し合う事など出来ないだろう。そんな言い訳をしながら、僕は卑劣に戦っている。
別の食べ物を差し出せばいいんじゃないかとか、もしかして全ての虫を人間に戻せば戦う必要はなくなるのではないかと考えたりはする。
しかし虫はあまりに多く、人ツムリは魔力を欲する。
敵が疑いようのない悪であってくれたのなら、どれだけ楽かと思う。
「女王様?」
ノウミが聞いた。
「彼女は人ツムリたちの女王様なんだ。彼女の一言で人ツムリたち全体の動きが決まる」
「それでか……」
「うん。だから僕は毎日、彼女に少量の塩を盛る。そして仲間の抜け殻を見せるんだ。時々とても嫌になるよ。話が通じないんだ。止めてくれと言ってそれを聞いてくれれば、彼女たちが何を望んでいるのかを言ってくれれば戦わずに済むのに。でも僕はやめるわけにいかないんだ。消えていく虫たちの、人間たちの魂の断末魔が聞こえるから」
それは酷く空っぽな悲鳴だ。夢にまで張り付いて止まらない悲鳴。
「ねぇ、ノウミ。僕はお前に会ってようやく夢の袖を掴んだんだ。これで人間を残らず復活させる事ができる。でもさ、人間って本当に必要なのかな? 世界にとって邪魔なのは人ツムリより人間の方じゃないのかな?」
いつも聞くばかりなのに、思わずグズグズと話してしまった。
「どちらも生きているだけなのだろう。ただ生に食らいつくだけだ。確かにアメノのやり方は卑劣を極めるとは思うが、それも人ツムリの犠牲を最小限にしたいからだというのは理解できる。しかしやり方は変えた方がいいと思うぞ」
「そうだね」
そうだった、と思う。今も昔も僕は一人で考え、指示をしていた。
本当は皆で考えればよかったのだ。どうするべきか、と聞けばよかったのだ。昔の間違いもそれだったのかもしれない。
ノウミが顎に手を当てながら言う。
「それからな、私は人間が世界にとって邪魔かどうかは分からないが、この魔力が充満する空気は世界にとって毒だと思うぞ。さっきまで虫だったから感じるのかもしれないが、まるで瓶の底の一番濃いところみたいで、苦しいんだ。頭がどうにかなりそうで、思考が稚拙で単調になるんだ。だから多くの人間が魔法を使う世界は、悪くないんじゃないか?」
「そうだね。ありがとう」
新しい仲間は曲がれない、優しい男らしい。
意外に口数の多いその男は、必死に「毎日の塩は止めろ」と僕に説く。
「分かったよ。でもお前、僕を卑劣っていうのは言い過ぎじゃないの? これから何万という虫たちの話を聞くのに、それじゃあ怒らせちゃうよ」
「気を付けてはみる」
塩はやめようと思う。
けれど、それでも僕はこの囚われの女王様に願うのだ。
『君に絶望を』と。
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