夢の袖――拾
「尾人ってもしかして……」
言いかけたノウミを遮って男たちの悲鳴が響く。
地響きが山を揺らした。
「魔物だ」
「魔物だって⁉」
僕の呟きに、雀男は絶望の表情を隠さない。
「アメノ。やるか?」
「それがいいね。ところで皆さん。町が心配ですから、急いで全員で町に戻って下さい」
僕はもう一度、全員でと強調した。
「兄ちゃんたちは⁉」
「こちらには、ほら。猪がいますから」
僕がにこっと笑う間にも地響きは止まず、他の尾人たちが急いで山を下りていく。
雀男は悩んだけれど、倒れる木々の間から僕たちの三倍ほどはありそうな兎の魔物が二体、立ち上がったのが見えると一目散に走って行った。
ここには僕らしかいない。
「殺しちゃダメだよ。お前が魔力を寄せ集めてしまったのが原因なんだからね。生かして諭せばいい。話を聞けるくらいまで落ち着かせるんだよ」
「……分かった」
ノウミはその辺に転がる折れた枝を握った。それに魔力を込めると先の鋭い槍に変わる。
その時の魔力に反応して兎魔が跳んだ。怯えるような激しい鳴き声。
茣蓙ごとお弁当箱が潰れる。
ノウミは真っ直ぐに一体の兎魔の懐を目がけて走り出す。
横から狙えばいいだとか、動かずに魔法を放てばいいとか思うところだけれど、彼は効率が悪いと思えるほどに真っ直ぐ進む。
兎魔が上にいるなら真っ直ぐ上に、横にいるなら真っ直ぐ横に。二体で来るなら一体を防ぎながら。
「逆に器用なんじゃない?」
そうしているうちに一体が様子見をするように物陰に隠れた。
そろそろかと思いノウミと戦っている方、おそらく男の魔物の方を見ると、動かない僕の方をチラチラ見ながら戸惑った表情をしている。
「そろそろいいよ」
僕の声を聞き、ノウミはすっと退いた。そしてすぐに武器を枝の姿に戻す。
「いいね。お前は昔とは大違いだ」
「学ばねばならないからな」
僕は二体の魔物を魔力で包む。そうして直接、頭の中に知識を流し込んでいく。
魔物の場合はこれが手っ取り早い。人間と魔物では立ち位置が違うから、それぞれで判断するしかないんだ。
魔物たちはひしゃげたお弁当箱に目を落してから、ゆっくり歩き出す。山の奥へ、人里とは違う奥へと向かう。
「奴らはなぜ退いた?」
「別に、戦いたかったわけじゃないからだよ」
そうかと返事は返って来たものの、ノウミは複雑そうに兎魔の後ろ姿を見ている。それから、この時代の事について教えて欲しいと言った。
「今この世にはどんな種族がいるんだ?」
「普通は、という事でいいね? そうすると僕ら人間や魔物はそこから除外される。だから種族は三つ。人間だった虫たちと、尾人、それから人ツムリだ」
「人ツムリ?」
説明を聞いても想像がつかないというノウミに、川を覗くように言う。
そこには昨日、二匹の人ツムリがいたからだ。金柑の実ほどでも顔はしっかり見えるだろうと言うと、彼は水に手を突っ込んだ。
「危ないから手掴みはお勧めしないよ」
「泳ぐカタツムリがか?」
ゴソゴソとしていると「痛っ!」と声を上げる。
「だから言ったのに」
「でも掴んだぞ」
言いながらノウミは人ツムリを水面に出す。この人ツムリは男だ。昨日の二匹より大きく、殻だけでも蜜柑ほどはある。
人ツムリは小さな剣のような物を持っていて、殻から身を乗り出しどうにかもう一刺ししようと躍起になっている。
僕は人ツムリの体に塩を一振りしてから剣を取り上げる。
「ナメクジのような体から人間の上半身が生えているだろ? 人間のようにね、知能を持っているんだよ。こいつらは人間のように魔力を体内に流すことは出来ない。だからこそ、魔法を使えるのは体内に魔力を流せる人間だけだったんだ。けどこいつらは殻に魔力を溜めるんだよ。それで魔法を使う」
「見た事があるのか?」
ノウミが信じられない、といったように僕を見る。
「一度だけね。どういうつもりか知らないけど、こいつら滅多に大きな魔法を使わないんだよ。あの時は風の魔法を使われたけど、まぁ問題にはならない程度だ」
川底から水がピュウピュウと飛んで来る。
「他にもいるね」
僕は言いながら、しゃがんで川の中を探す。ノウミが「殻にもぐったぞ」と言った。
「それ、死んだんだよ」
「え⁉」
ノウミは慌てて人ツムリを水に戻す。
けれど塩を直接浴びては助かる筈もない。
「聞いてなかったの? 人ツムリは魔法を使う。その為の魔力は虫を食べ、殻に溜めるんだよ。今の虫たちは人間の魂その物だ。死ぬならまだしも、食われて魔力にされたんじゃあ二度と輪廻には戻れない。人ツムリは人間の敵なんだよ」
僕の隣にしゃがんで川底を覗くノウミが複雑そうな表情で「そうだな」と言った。
「人ツムリと戦う時は正面ではなく横を狙うこと。渦巻きの中心部だ。そうじゃなきゃ硬い殻は壊せないからね。壊せたらそこから中身を引きずり出せばいい」
「引きずり出すって、そんなこと……」
「残酷なのは仕方がないんだよ。それしか無いんだから。こいつらの殻は僕が魔法で一晩焼いても壊れなかったし、踏みつけても傷さえつかなかった。でもね、殻さえなければただのナメクジなんだよ。分かる? もうやれるね?」
僕が魔力を込め始めた事に気付いたのだろう。ノウミが怪訝そうな顔を向ける。
「今か?」
「見てみなよ、川の中。びっしりだ」
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