想い出夢見て愛求め撫でるもすれ違い怒髪天で転居決意。

「これ、連絡先だから」


 気乗りしない合コンに連れられてきたら、一番美人な女の子に仏頂面で連絡先を突き出された。それが俺と夕利の出会いだ。

 正直『なんてこった』って話だ。挨拶もそこそこのタイミングで衆人環視のなか仕掛けられてみろ、困惑とともに空気が冷たくなり周囲の視線が刺々しくなっていくのが肌で感じられたぞ。場が死んでいく瞬間の原因が自分だというのは胃が痛いものだ。

 一方、夕利は夕利で俺を見た瞬間『なんてこった』と頭を抱えていたそうだ。

 人生初の合コンに年相応に胸踊らせて会場に着いてみたら正面の男が生霊に憑かれていた。

 霊能の世界を離れ一般社会で生きていこうと決意した彼女の初体験のひとつはこうして慣れ親しんだスピリチュアルに彩られてしまったのだ。重ねて場合が場合だ。女の生霊引きずりながら合コンなんて来るなよ、と夕利の眉間の皺は深みを増したのだった。

 そうした苛立ちとやるせなさのせいか、あるいは彼女の忍耐のなさ故か。夕利はテーブル脇のペーパーを鷲掴むと筆ペンで電話番号を書き付けると立ち上がり、俺にそれを突き出したのだ。


「これ、電話番号だから……!」


 続く台詞は『連絡待ってるね』ではなく『早く連絡よこせ』なのは明白だった。



 § §



 夕利に呼ばれた気がしてはっと目覚めると、暗闇の中だった。

 窓の方へ目をやっても朝の気配はせず、真夜中の静けさが部屋に広がっていた。

 起こしかけた身体を戻そうとすると隣で布団が揺れる。


「ゆう……?」


 返事はない。布団をめくってみると身体をくの字に曲げて眠る夕利がいた。寝苦しくないのかと不思議になるが、この姿勢で布団に潜り込んで寝るのが大体のパターンだ。猫みたいなやつだ。

 夕利の姿を確認した俺は布団を軽くかけ直してから横になった。すると入れ替わるかのように彼女が身じろぎした。


「……んっ」


 起こしては悪いと思って無言で瞳を閉じる。けど、彼女はかぶりを振って『くぁ』と短いあくびを漏らしてからこちらを見ているようだ。


「……みっくん?」

「……悪い、起こした?」

「んーん、たまたま……」


 そう言いながら彼女は強めに額を胸に打ち付けてきた。グリグリと押し当てられる頭蓋の硬さに促されるように夕利を撫でる。右手は前髪を梳き、もう片方は僅かな迷走を経て首筋へ触れた。首を撫でる手の甲を髪がくすぐる。基本はショートヘアで襟足だけ鳥の飾り羽のように伸ばして二つにくくっている不思議な髪型。本人曰く『タチの悪い幽霊を払うのに便利』だそうだ。

 しばし撫でられるに任せていた夕利だったが、頬ずりしながら四肢を絡ませ始めた。直前の夢の光景がよぎり、随分と懐いたものだなと妙な感慨を抱いていると胸元に熱い刺激が走った。


「噛むな」

「……てきとう」


 抗議の言葉に続いてぐぅ、と低く喉を鳴らすような音が噛み痕をくすぐった。まるで猛獣だ。

 これ以上噛まれるのはごめんなので、彼女の腋に手を差し込み軽く引っ張り上げ向き合う姿勢をとり強めに抱きしめる。くすぐったそうに吐息を漏らすその背中を手の甲で擦るように撫でる。触れる度、軽くのけ反る夕利だったがやがて抱きしめ返しながら喉を鳴らした。

 寝起きから随分と甘えてくる。日中にスケベ呼ばわりされたが、とても人のことを言えないじゃないか。そう思いながら背中を撫でているうちに悪戯心が芽生える。


「ひゃ……! みっくん?」

「どうした、ゆう?」


 腰骨に触れてぎゅうと力を入れてから尻を撫でる。キュッと締まった滑らかな曲線をなぞる様に触れてから腰を掌で押すのを繰り返す。


「あっ……!」


 ゆうの声のトーンと背中が跳ね上がる。日頃の中性的な声色とは違う甘い声が響いた。撫でる動きのピッチを上げると、か弱い声も小刻みに上がり始める。ふぅ、ふぅ、と歯を噛みしめながら鼻息を荒くするゆうが縋りつく様に顔を寄せてきた。


「首はダメだぞ?」

「んん~!」


 釘を指しつつ掴む力を強くする。いやいやと首を振るゆうの姿に満足したので、手を弛めてからハグをした。しばらく荒い息を繰り返していたゆうだが、落ち着くと抗議の声を上げた。


「……意地悪だ、みっくんは」

「カレシをスケベ呼ばわりするからだ」

「陰険」

「そっちこそスケベじゃないか」

「…………」


 そう言って、ハグを解いて腰に手を添え軽く撫でた。その意図するところを察したのか夕利は押し黙った。もっとも、これ以上すると確実に噛みつかれるので実のところ手詰まり状態だ。

 しばし考え込んでいる様子だったが鼻を鳴らし、ゆうは暗闇のなか俺を真っ直ぐ見つめてきた。


「それは仕方ないよ」

「開き直ったな」

「だって、誰しも覚えたてはお猿さんっていうじゃない」 

「……つまり?」

「みっくんが悪い」

「…………」


 それを言われると困る。

 氷河期のような合コンの後、夕利は俺が元カノの生霊に憑かれていること、元カノの不調にはなにか霊的な問題が絡んでいて恐らく住まいが悪いのだろうと告げた。俺はそれまで霊的ななにがしを信じていなかったのだが、原因不明の破局と体調不良を経験していたためか夕利の言葉を受け入れた。

 それから紆余曲折経て、といっても一週間ほどでゆうは事態を解決した。

 元カノは霊的な問題から解放され、俺も生霊の被害を受けることはなくなった。その代わり元カノの親友からは罵詈雑言を浴びせられることとなったけど。いや、俺を悪者にしてでも立ち直るべきだ。この家が幽霊の通り道なのが発端なのだから、彼女からしたら悪者は俺だ。

 とはいえ、心身共にボロボロだったのは間違いない。そんなとき、ゆうが報酬代わりにしばらく泊めてくれないかとやって来た。次の仕事が決まるまでで良いと言った彼女は野良猫のように俺の暮らしに馴染んだ。

 しばらくは変な気を起こすだけの元気もなかった。ただ、健やかな暮らしを取り戻すのを手伝ってもらうなかで彼女の事情や危なっかしい面を知ってすっかり情が移ってしまい……彼女の就職が決まったと告げられたその日に……致した。


「後悔はしてないよ? 人柄は見てたし、ちゃんと告白してくれた。私もみっくんを気に入ってた」

「…………」

「でも、いきなりで驚いたな……」

「…………」

「しかも、途中でみっくん『……え?』って言うし」

「ゆう、俺が悪かった」

「そうだよ。みっくんが悪いんだよ」


 俺が降参すると彼女は満足げにクククと喉を鳴らして覆いかぶさり、こちらを見下ろして勝気な笑みを浮かべた。


「でも、私はそんなみっくんを選んだ」 

「……ゆう」

「なかなかの女っぷりじゃない?」 

「そう、だな……カレシの乳首を弄りながらでなかったらハリウッド級の台詞だ」

「ええ~?」


 覆いかぶさったときからこちらを弄んでいた指がギュッと絞められた。 



 § §



 夕利がおもむろに枕もとに手を伸ばすと小型のライトが灯り暗闇に彼女の裸身が浮かび上がる。やっぱり綺麗だ。ゆっくりと唇を重ねると耳元で『元気出た?』と囁かれる。


「バッチリだ」


 満足げにほほ笑んでゆうは馬乗りのままのけ反ると背後へと手を伸ばす。熱と柔らかさが触れ合った。


「あはっ、ほんとだ」

「こらこら」


 そういう意味じゃない、と言いかけて止める。これはそういう意味でいいのだ。ゆうと繋がりたい。素直にそう思う。相手もそれを求めてくれていることは堪らなく幸せだ。


「いいよね……?」

「ああ、ゆうとしたい」

「んふっ、その気になったね」

「昼間は……気が散ってたか?」

「んっ、若干……?」

「……悪かった」


 彼女はそれ以上は何も言わず、準備に入った。

 ゆうがここまで求めてきたのは俺がいけなかったのかもしれない。確かに気がかりなことはあった。ゆうからの引っ越しの提案を直接的でないにしても拒みもした。もしかしたら、彼女は不安だったのかもしれない。彼女のことを選んだのか定かでない俺の態度に。

 それを思えば手をついて謝りたい気持ちがもたげてくるが、いまはそのときじゃない。愛情を目一杯態度で示すべきときだ。互いの準備が整うと跨る姿勢のゆうと笑みを交わす。

 そのとき気付いてしまう。ゆうの背後にソイツはいた。

 昼間の奴より深い青色で濁った色合い。どこかに向かっているという感じはせず、その場で渦巻いているような動きをしている。

 骨と皮の外観からでも元が男と知れてむかっ腹が立ってきた。


「……おーぅ」

「みっくん……?」


 なんてこった。今夜に限って就寝時の結界を貼り忘れたな、ゆう。まあ色々と気がかりがあって抜けてしまったのかもしれない。それにしても、俺が気づいてるのに気づかないなんて。


「どうしたの、みっくん?」

「なんでもない」

「うん。じゃあ……いくね」


 小首を傾げて訊ねるゆうの表情はいつもよりもあどけなく儚く見えた。ここは気合いだ。戸惑いがちだったものの、ゆっくりと全身を重ねてきたゆうが満足そうな笑みを浮かべる。

 その瞬間、背後の幽霊の姿がより鮮明に瞳に映った。


「……ガッテム」

「……え?」


 ゆうが動き二人の繋がりが高まるほどに、霊の姿は鮮明になっていく。霊能者である須佐野夕利と肌を重ねて以来、俺の眼は開かれてしまったのだ。おかげで人に害のないレベルの浮遊霊まで見えてしまう。おまけにいまは夕利の霊力が供給されているのか、その力が増しているのだった。


「みっくん、どうしたの?」

「夕利、愛してる。これだけはちゃんと伝えたい」

「え? あっ、ちょ! んっ……!」


 だけど、それがどうした!

 俺は霊を無視して遮二無二頑張ることにした。困惑気味のゆうも次第に余裕を失い、甘い声を上げ始めた。

 こんな場面で幽霊が気になるなんて言ってみろ、ゆうが悲しむじゃないか。


「夕利、夕利……!」

「!!!」


 そんな攻防の最中、幽霊がこちらを見てニタリと笑った気がした。くそっ、あれは人間に憑くタイプか。こちらを視認された。どうする。ゆうは手首を噛んで声を押し殺している。中座すべきか。いや、ひとまず一回ゆうを満足させてから……。


「……ん、うう……」

「…………」


 畜生、俺のカノジョは可愛いなぁ! 普段の傍若無人っぷりが鳴りを潜めて受け身に回って可愛い声を漏らすとかギャップが燃える! 身体つきもエロいな、やっぱり。なんで幽霊なんぞ気にせにゃならんのだ。

 そんな亡者を前にした葛藤と男女の攻防が最高潮に達した瞬間、天を割る様な乾いた音が鳴り響いた。


「みっくんの、ばかぁぁぁっ‼」

「……えっ?」


 一瞬、なにが起こったのかわからなかった。ついでにどっちを向いてるかも定かでなくなった。


「……ゆう?」

「う、わ、ぎぃ、ものぉ~~!」

「は? なにがどうした? どうなってんだ、ゆう⁉」

「愛してるとか、言ってぇ! 心、ここにあらずで~!」


 叩かれた首を捩じって彼女を見るとゆうは瞳に涙を溜めて拳を怒らせ、枕を引っ手繰ると俺を滅多打ちにしてきた。枕越しだけど、次第に拳に交じって肘打ちが叩きこまれ始める。


「分からない! マジでどうした!」

「ばか! ばか! ばか!」

「俺は! ゆうが好きだ! ゆうだけが好きだ! 本当だ!」

「嘘つくなっ‼」

「嘘じゃねぇ‼ なにが理由だ! 言えよ! 俺だって怒るぞ⁉」

「お○んちんが集中してないっ‼ 霊気で分かるっ‼」


 マジかよ。霊能者ってそんなことわかるのかよ。

 結局、幽霊の存在を明かしたことで浮気疑惑は晴れたがその後の夕利の怒りは凄まじかった。長い飾り羽は怒髪天を衝くの字の通りみょんと逆立ち、霊気を放ちだした。

 件の幽霊は彼女の放った拳の圧だけで吹き飛んだが、それだけで夕利の気が晴れることもなく『ちょっと町内の浮遊霊、滅し尽くしてくる』と言って身支度を済ませると悪鬼もかくやの足取りで出ていき、お昼ごろまで帰ってこなかった。

 あれから一週間。今日も夕利は余所余所しい。

 決めた。引っ越し、しよう。

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霊能カノジョはフィジカル思考 世楽 八九郎 @selark896

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