転生(TenSei)男と黒いお姉さん

布施鉱平

転生(TenSei)男と黒いお姉さん

「うーん……うーん……はっ!」


 悪夢にうなされ、俺は自分の唸り声で目を覚ました。


 怖い夢だった。


 信号待ちをしていた俺に、トラックが突っ込んでくる夢だ。

 夢の中の俺は横っ飛びで逃げようとするのだが、どういう訳かトラックは俺がジャンプした方向にハンドルを切ってきた。

 

 サッカーボールに飛びつく、ゴールキーパーのような追尾性能だ。


 そして、目の前までヘッドライトが迫ってきて……


「ふぅぅぅぅぅ……」


 大きく息を吐いて、俺は額の汗を拭った。


 やけにリアルな夢だった。


 嫌な汗をかいたせいか、喉はカラカラ。

 水でも飲んでから寝るか、と俺は起き上がり……


 なんだか様子がおかしいことに気がついた。





 ◇



 なにがおかしいって?

 全部おかしい。


 まず、布団……いや、ベッド・・・だ。

 俺の寝床は、フローリングの床にひかれた煎餅布団のはずだ。

 それなのに俺は今、ふかふかのベッドの上にいる。


 しかも、天蓋てんがいとレースカーテン付きで、ベッド自体もバカみたいに大きい。


 王様かよ! 

 と思わず突っ込みたくなるような寝台なのだ。


 そして、寝巻きもおかしかった。


 俺は、寝るときはシャツとトランクス派だ。

 パジャマなんでまどろっこしいものは、生まれてこの方着たことがない。


 なのに、今俺はパジャマを着ている。

 しかも、ピンクで、シャラシャラした素材で、フリルまでついているのだ。


 王様っていうか、お姫様じゃねぇ? これ。


 俺は、ピンクのフリフリ付きパジャマ姿の自分を想像して気持ち悪くなり、着ていたパジャマを勢いよく脱ぎ捨てた。




 

 そして……凍りついた。





 俺の体に…………





 自己満足の為に鍛えまくって、海とか行ったら「すげぇ……」って遠巻きにされるくらいムキムキだった俺の体に……











 …………おっぱい、ついてるんですけど…………





 ◇



 おっぱいショックから立ち直った俺は、ぼんやりと状況を理解し始めていた。


 まず俺は……今の俺・・・は、清川春人きよかわはるとじゃない。


 俺の……いや、わたしの名前は、セシル・ウェール・エクトール・ディッケン。

 ディッケン王国の第二王女、セシル姫なのだ。


 …………


 ははは。

 いや、なんだこれ。

 おかしいだろ。


 俺は清川春人だ。その記憶に間違いはない。

 なのに、セシルとしての記憶もある。


 どちらも本物としか思えない二つの記憶に混乱して、俺はベッドの上で腕組みしながら座り込んだ。


 ……………


 異世界転生、だよなぁ。

 

 俺(はると)の持つ記憶と現状を照らし合わせてみると、そうとしか思えない展開だった。

 

 私(セシル)の記憶も、それを裏付けている。


 ここは、ファートゥス大陸のディッケン王国。

 魔法や魔物が存在する、地球とは全く異なる別の世界なのだ。 

  

 となると、さっき見た夢は、前世の俺の最後の記憶ってことなんだろうか?


 …………分からん。


 なんでこうなったのかも、これからどうしたらいいのかも、まるで分からなかった。





 ◇



 …………


 ……首を捻った姿勢のままで、いったいどれだけ悩み続けていただろうか。


 コン、コンと部屋の扉をたたく音が響いた。


 ……………


「……失礼致します。セシル様、お水をお持ちしま…………」


 ガシャンッ!


 返事をするのも億劫だったのでノックを無視していたら、メイド──たしか、私(セシル)付きの侍女のエリスさん、だったかな?

 いかにも『出来る!』って感じの、前世で言うところのキャリアウーマンのようなクール系美人のお姉さんだ。

 ちなみに、おっぱいは大きい。


 そのエリスさんが、部屋に入ってくるなり水差しを落とした。


「セ、セシル様っ!?」


 あ?


 なんか、エリスさんが驚いてるけど、なんでだ?

 

 って、あ、あぁ~、そうだった。

 パジャマ脱ぎ捨てて、裸(パンツは履いてる)だった。


 しかも胡座あぐらかいて腕組み。

 王女様の格好じゃないよな。


「セ、セシル様が、セシル様が……」


 なんだよ。

 ペチャパイだわ! ってか?

 乳首つまむぞ、エリスさんよう。


「お目覚めになられたっ!!」


 …………はい?


「誰か! 誰かすぐにお医者様を! それと、国王様、王妃様、ティアナ様をお呼びしてっ! 早くっ!」


 …………なんだろうか、目を覚ましただけでこの大騒ぎ。



 私(セシル)が寝てる間に、なにかあったのか?




 

 ◇



「セシル! あぁ、セシル! 良かった。もっとよく顔を見せておくれ!」

「ああ、神様…私の娘を返してくれて、ありがとうございます……」


 むせび泣いているのは、父ちゃんと母ちゃん。

 つまり、このディッケン王国の王様と王妃様だ。


 一国の王様、王妃様だというのに、そんな威厳は何処へやら。

 両目から滂沱ぼうだの涙を流し、床に膝をついて泣いている。


 そして、第一王女……ティアナ姉ちゃんは、もっとすごいことになっていた。


「あばばでゅわっ! でぃじるっ! どんばれぼるどんっ!? 」


 …………この世界の言語じゃないよ?


 人間としての尊厳は何処へやら。ティアナ姉ちゃんが、目と鼻と口から大量の液体を垂れ流しながら、ベッドの上の私にすがりついて泣き叫んでいる。


 ……別のところからは、垂れ流してないだろうな。


 王女としてどうか、というより、人間としてどうなの? というレベルで姉ちゃんの感情は大爆発していた。


「セシルーっ! セシルーっ!」

「おお、神よ……」

「あぶどぅる! でぃじゅりどぅ……っ! でぃっしゃ! でぃっしゃで!?」 


 ………とまあ、俺の家族大号泣なわけだが、俺は俺で、何があったのかようやく思い出してきた。


 食事に毒を盛られたんだよね~、私(セシル)。

 一命はとりとめたものの意識不明の状態になって、ついさっき目を覚まして今に至る、と。


 そりゃあ、家族の涙腺とか……他にもいろいろ緩くもなるよな。

 

 俺は姉ちゃんのいろいろな液体でびしょ濡れになりながら、今世での家族の愛を確かに感じていた。





 ◇ 



 てんやわんやの末、なんとか落ち着きを取り戻した父ちゃんと母ちゃんは、くれぐれも安静にするように言うと、これでもかとキスの雨を降らしてから部屋を出て行った。


 愛されてるなぁ、私(セシル)。


 そして、最も私(セシル)を愛しているであろうティアナ姉ちゃんはどうしたかというと……。


 泣き疲れたのか、俺の体にしがみついて寝とります。

 抱き枕でも抱くかのように、両足でしっかり俺の体を固定ホールドしたまま、手は自在にわさわさと俺の体を這い回っている。


 ……あっ、こら、胸を揉むな、胸を。


「しゅぶにぐらす……」といまだに意味不明な鼻声を発する姉ちゃんの手を引き剥がして、俺は腕を組んだ。


 そして、深くため息をつく。


 気が重い。

 毒殺されかかったんだから、当然だ。


 理由は想像がつく。

 たぶん、私(セシル)に縁談の話が持ち上がったのが原因だろう。


 相手は、ディッケン王国でもかなりの実力を持つハスター公爵家の長男、リック・アルメイン・ハスター。


 背が高くて、身分も高くて、さらにイケメン。

 そのうえ噂を聞く限りでは、高位貴族であることを鼻にかけないナイスガイだとか。


 城勤めの侍女を対象にした『今すぐ抱かれたいっ☆イケメン貴族ランキング』で、五年連続一位を独占し続けているようなやつらしい(エリスさん調べ)。


 本人の魅力だけではなく、公爵家という高貴な家柄目当ての女も相当数いるんだろうが、それにしても五年連続一位とは、凄まじいモテっぷりだ。


 …………俺? 

 俺はもちろんごめんだ。

  

 私(セシル)としての記憶はあるものの、俺の心は男寄りなのだ。

 イケメンとイチャイチャするくらいなら、美女と美少女を侍らせたい!


 …………とまあ、俺の個人的な感情はさておき。


 俺が毒殺されかかった原因は、リックとの婚姻話以外に考えられなかった。

 

 リックとお近づきになりたい女は、当然城勤めの侍女たちだけではない。

 貴族の子女たちも、当然のようにリックにご執心なのだ。

 

 自分がリックに選ばれる可能性を少しでも上げるためなら、恋敵こいがたきくらい平気で暗殺する。

 少なくとも、私(セシル)の記憶にある貴族の女たちは、そんなのばっかりだった。


 それに、気を付けなけらばならないのは女の嫉妬ばかりじゃない。


 ハスター家が今以上の力を持つことを警戒した貴族による犯行という線も、十分に考えられるのだ。


 誰が毒を持ったにせよ、これで終わりじゃないだろう。


「……つぁとぅぐぁ」


 今度は下半身に伸びてきた姉ちゃんの手を払いながら、俺はまた、深い溜息を吐いた。

 




 ◇

 


 それから三日。

 俺は、家族と食事をしていた。


 目の前に並ぶのは、私(セシル)の好物ばかり。

 

 それはいいのだが……


 俺がテーブルの上にあるスプーンを取ろうとすると、その手がやんわりと押さえられた。

 誰にって? 姉ちゃんに。


 そう、俺は姉ちゃんに抱き抱えられているのだ。

 

 この三日間、姉ちゃんは俺から片時も離れようとしなかった。

 何をするにも、常に背後には姉ちゃんがいた。

 

 俺を守るため、と言っていたが、それだけが目的だとは到底思えない。


 風呂に入れば体で体を洗浄され、本を読もうとすれば耳元で朗読され、トイレでは……いや、これは思い出すまい。今は食事中だし。


 で、今は人間椅子かつ二人羽織状態なわけだ。

 

 姉ちゃんのセクハラは凄まじいが、その性能も凄まじい。 


 どうやって察しているのか、俺がパンを食べたいと思えばパンが、スープを飲みたいと思えばスープが、絶妙のタイミングで口元に差し出される。


 しかも、姉ちゃんは真後ろにいて見えないだろうに、パンやスプーンが運ばれてくるのは、寸分の狂いもなく俺の口元なのだ。


 諦めてされるがままに食事をしていたら、口元からポロリとパンのかけらがこぼれ落ちた。

 だがそれは、服に落ちる前に素早く回収される。


 空中でパンのかけらを摘みとったのは、姉ちゃんの指だ。

 その白く細い指は、俺ではなく姉ちゃん自身の口に運ばれる。

 そして直後、うふふ、という幸せそうな含み笑いが聞こえてきた。



 ……………


 

 ちなみに、俺が毒を盛られた時の食事を用意したコックや給仕は、(姉ちゃんの命令で)総入れ替えになっていた。

 俺が意識を失っていたのは丸一日だったらしいが、その入れ替えも一日のうちに行われたらしい。


 しかも、新しく雇われた者たちには、全員に『契約魔法』とかいうのがかけられているとのこと。


 もし食事に毒を入れようとしたら、自分の舌を噛み切り、その血で命令した者の名前を書き遺すという、契約というよりは呪いのような効果の魔法だ。

 

 そして、そのことを雇われた者たちは知らされていない……。



 ……怖ぇよ。

 人命を消費してでも、あわよくば黒幕を炙り出そうという、その精神が怖ぇよ……。


「やりすぎでは……?」とやんわり尋ねてみたら、(*´∀`*)ニコッっと笑顔を返された。

 以前勤めていたコックたちの処遇について聞いてみても、(*´∀`*)ニコッで終わりだった。



 ……姉ちゃんの愛が重いんです……。





 ◇


 

 それからも、家族に(主に姉ちゃんに)ちやほやされながら平穏な日々を過ごしていたのだが……。

 

「逃げましょう! セシル様!」

 

 突然の急展開である。

 

 部屋で寝ていたはずの俺は、いつの間にやら抱き上げらていた。 


 夜の廊下を、俺を抱きかかえたまま疾走するのは、俺の婚約者候補。

 リック・アルメイン・ハスターその人だ。


「あ゛ぁ゛ぁ゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛、リ゛ィ゛ィ゛ッ゛ク゛ゥ゛ゥ゛さ゛ぁ゛ぁ゛ま゛ぁ゛ぁ゛?゛」


 ガタガタと揺さぶられながら、リックに声をかける。

 お姫様抱っこって、名前ほど優雅じゃないな……。


「大丈夫。あなたのことは、私が守ってみせます。ですから、今は舌を噛まないように、おとなしく口を閉じていてください」


 ……なんのことだ?


 守るって誰から?


 俺が怪訝な顔をしていることに気づいたのか、リックがニコリと微笑んだ。

 イケメンだ。

 昔の私(セシル)なら落ちてたかもしれない

 それぐらいの爽やかなスマイルだった。


 だが、俺の心は男。

 性的指向は女性限定だ。


 イケメンに間近で微笑まれても、嬉しくもなんともない。


「セシル様。心を落ち着けて聞いて下さい」


 俺がリックの微笑みに苦笑いを返していると、リックが神妙な面持ちでそんな事を言ってきた。

 しゃべると舌を噛みそうなので、とりあえず頷いておく。


「セシル様の食事に毒を盛ったのは、第一王女であるティアナ様だったのです」


 ……なんですと?


「ティアナ様は、妹であるセシル様を溺愛しておられます。それはもう、異常なくらいに。ですから、セシル様が自分のもとを離れ、私の妻となることが耐えられなかったのでしょう。他人に渡すぐらいならいっそ……そう考えられた末の行動だったのだと思われます」


 リックが悲痛な顔で俺を見つめる。

 その瞳は、俺のことを心から心配しているように見えた。


 だが、


「あ゛ぁ゛ぁ゛り゛ぃ゛え゛ぇ゛ま゛ぁ゛せ゛ぇ゛ん゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 俺はリックの言葉を即座に否定した。


 確かに、ティアナ姉ちゃんは異常だ。

 

 実の妹に劣情を抱く変態シスコンだ。 

 

 人の命をなんとも思わないサイコパスだ。 


 だがそれでも俺は、俺が目覚めたあの日に姉ちゃんの流した涙や、鼻水や、涎や、……、が嘘だとは思えなかった。

  

 俺の言葉に、リックが僅かに眉をしかめる。


「と、ともかく、私と共に逃げましょう。このまま王城にいては、命が……」


「あら、こんな夜更けにどちらへ行かれるのかしら」


 氷のような冷気を孕んだ言葉が聞こえ、リックの足が止まった。

 俺とリックの視線が、自然と声が聞こえた方に向く。


 そこに立っていたのはもちろん……


「ティアナ姉さま……」


 ティアナ・ウェール・エクトール・ディッケン第一王女その人だった。





 ◇



「ねぇ、リック。私の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い妹を抱えて、どこに行こうというのかしら?」


 可愛いが多い。

 そして、可愛い可愛いと俺のことを褒めながらも、その瞳はちっとも笑っていなかった。

 口元が微笑んでいるだけに、なおさら怖い。


 手を後ろに回してるけど、ナイフとか隠し持ってないよね? ないよね!?


「……ティアナ様。セシル様は渡しません。そこを退いて頂きたい」 

 

 おいぃぃぃっ! 勇者バカか貴様!

 姉ちゃんがまとう、あのどす黒い空気に気づかんのか!?

 


 ニコォォォォ



 リックの言葉に、姉ちゃんの笑みが深まる。

 唇が耳まで裂けるんじゃないかと思うくらい満面の笑みだ。

 もちろん、目は一切笑っていない。


 怖い! 怖いよ!

 怒ると笑う人が、一番怖いんだよ!

 

 俺が恐れおののく間にも、二人の会話は続いていた。 


「給仕の小娘をたぶらかすくらい、貴方には簡単だったでしょうねぇ……」

「……なんのことでしょうか」

「私に毒を盛りたかったんでしょう? 姉である私がいては、セシルと結婚したところで貴方がこの国を支配することなんて出来ませんものね」

「何をバカなことを! 私は王位になど……」


 おい、リック。

 俺を下ろせ。

 シリアスな展開は、俺が安全な場所に逃げてからやってくれ。


「興味がない、とは言わせませんわよ。ノルディック侯爵、アースマイア伯爵、ベルン伯爵……ああ、宰相のガストンも忘れてはいけませんわね。

 最近、彼らと随分親しくお付き合いされているようですね?」 

「な、何故……いえ、そ、それがどうしたというのです? 貴族同士がよしみを通じるのは、至って普通のことではありませんか」

「ええ、ええ、もちろん構いませんわ。貴族は国の要。仲がいいのは麗しいことです。ですが……」


 言葉を切って、姉ちゃんが体の後ろから手を出した。

 その手に握られていたのは……



 わーい、鎌だーっ!?



 ナイフでもなく、剣でもなく、巨大な鎌だーっ!!


 

 やべえよなんだあれ。

 明らかに禍々しい気配がまとわりついてるんですけど。

 っていうか刃の部分から血が滴ってるんですけど!?


「王になるのは男でなければならない。この国の貴族はそんな古い思考の持ち主ばかり…………

 しかも揃いも揃って無能と来ては、私としても行動を起こさざるを得ません」

「……っ、まさか! すでに」


 おいリック、逃げろ! 超逃げろ!

 お前状況が理解できてないのか!?

 姉ちゃんはあの鎌でお前の首を狩るつもりだぞ!?

 

「うふふっ、あとは貴方だけですわ。

 本来であれば他の貴族と同じように首を落とすところですが…………フッ!」

「がはぁっ」


 吹っ飛んでいくリック。


 …………えーと?

 今姉ちゃんの体がブレたと思ったらいつの間にか目の前にいて、なにをどうしたのか分からないけどリックがぶっ飛ばされて、俺は姉ちゃんの腕の中にいる、と。


 ……………………


 姉ちゃん、あんたほんとに人間か?


「あぁぁああっ! セシル! 大丈夫だった!? 変なことされてない!? 触られたり摘まれたり擦られたり舐められたりしてない!? まだ膜は無事!?」


 膜って…………


「あ、その…………はい、何もされてませんわ、姉さま。

 姉さまのおかげで? 助かりました?」


「いいの! いいのよセシル! あなたのためなら私はなんだってするわ!

 でも、あなたはすごく可愛いから、このままだと私心配なの!

 だから────────


 ねえ、セシル? とりあえずなにも聞かないで、この書類にサインしてくれないかしら?」


 ………………………………


 ……………………


 …………


 姉ちゃんの目が完全に病んでたので、俺は恐ろしさのあまり中身を見ずに書類にサインをした。




 ◇


 それから────














  

「…………」

「うふふ、可愛いわぁ、セシル」


 俺は姉ちゃんの膝の上に座らされ、頭を撫でられていた。


 なんとあの書類、『私、後宮ハーレムに入ります』という同意書だったのだ。

 

 えっ? じゃあなんで姉ちゃん撫でくり回されてるのかって?

 

 それは、姉ちゃんがこの国初の女王様になっちゃったからなんだなぁ…………

 

 あの日、有力貴族の不正の証拠を集めまくってた姉ちゃんは、その証拠と王家の権力をフルに活用して貴族たちの首をバッツバッツと切っていたのだ。

 

 物理的に。


 そして王位継承権をもつ貴族がゼロになったところで、自らが女王となりこの国を導いていくと宣言。


 娘に甘い父ちゃんや母ちゃんは全く反対しなかったし、残った貴族たちは姉ちゃんが怖くて逆らえない。


 鎌で首を切られるからね。


 で、姉ちゃんが女王になったということは、必然的にハーレムの主も姉ちゃんになる。

 だから、ハーレムの一員(っていうか俺一人しかいないんだけど)になった俺の体は、姉ちゃんの自由ってわけだ。


 ちなみに俺を攫おうとしてたリックがどうなったかは知らない。

 チン○ンを切られたとか、ホモを集めた監獄に裸で放り込まれたとかいう噂が時折耳に入ってくるけど、俺の予想では多分全部ほんとだと思っている。


「むぅ、私と愛し合ってる最中だっていうのに、何考え事してるの?」

「あっ、ね、姉さま、そこは…………」


 いやらしい手つきで、胸や太ももをサワサワとまさぐってくる姉ちゃん。


「うふふっ、次に私のことを放って考え事なんかしたら、今度はもっとすごい所を触っちゃうからね? (まあ、いつかはヤるけど)」

 

 ゾクリと悪寒が走ったが、抵抗はしない。


 なぜなら────


「愛してるわ、セシル」

「……私もです、姉さま」


 ……そうなんだよ。

 だいぶ病んでる姉ちゃんだけど、愛されてるのは間違いない。

 俺の心は男だし、気づいたら俺も姉ちゃんに惚れちゃってたんだよねぇ…………


 国中の魔術師を総動員して、女同士で子供を作る研究もしてるって言ってたし、姉ちゃんはどこまでも本気だ。


 本気で俺だけを愛し、俺との間に子供を作ろうとまでしている。


 もしアレを生やすなら、できれば俺の方に生やしてほしいなと願いつつ、俺は目を閉じて姉ちゃんのセクハラを受け入れるのだった。

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