第3話
落ち着け俺、情報を整理するんだ。
目の前にいる女の子はどこからどう見てもJCだ。殺し屋なのにJCだ。依頼を受けてという点は非常に気になるところだが、それはこいつが本当に殺し屋だったらの話。自称の場合もあるし、なにより殺し屋がこんなへっぽこなわけがない。
「君みたいな可愛らしい中学生が殺し屋?」
「中学生ではない……私は大人だっ!!」
言うなり再び刺そうとしてくるが、足を滑らせて盛大にすっ転び、その反動でナイフは華麗に宙を舞い、見事な隙間に入り込む。
「いててて……はっ」
起き上がる女の子はナイフが手から消えていることに気づき、
「お前、なかなかやるな……」
いや俺なにもしてないんですけど!?
一人で勝手に自滅してただけなんですけど!?
俺の脳内での全力ツッコミは当然ながら伝わらず、女の子は続ける。
「……名をなんという」
「……智久だけど……」
「そうか。智久とやら、私の最大の武器であるナイフが無くなった今、割り入ってお願いがある」
「な、なんでしょうか……?」
訪れる静寂。すぐに去っていく静寂。
「ナイフを返しては頂けないでしょうか」
「……は?」
殺し屋とは思えない斜め上の礼儀正しい発言につい口をついて「は?」と出てしまった。
ごほん。
「返したらどうするつもり?」
「もちろん智久に三途の川を見せるつもりです!」
……まあ、そうなるよな。
俺にとっては願っても無い好機が訪れた最高のシチュエーションであるのだが、なにせ二回も失敗に終わってるからどうも「あそこの隙間に挟まってますよ」とは言いがたい。
てか、もう分かってるとはいえ、殺し屋がこんなにもターゲットである俺に正直に殺す宣言しちゃって果たしていいのだろうか。
そもそも殺し屋って暴露してる時点で明らかにやらかしてるよな。
まあ殺り方は人それぞれだと思うが、こいつが一体何を考えているのかまるで見当がつかない。
ただの馬鹿正直なのかそれとも実は頭脳明晰で今も計算尽くした言動を選んで実行しているんだろうか。
だとしたら俺以外には相当厄介な相手になり得るが、どうしても対象外である俺の目からはエリートにはとても見えない。
今も奇跡的にかろうじて生きている一割の信用が失いつつあるところだ。
完全に消える前にもう一度聞いてみるか。
「あの、君本当に殺し屋?」
「ああ、そうだとも。私が間違いなく本物の殺し屋だ」
間違いなく本物……ね。いかにも偽物が吐きそうな台詞だ。偽物臭が倍増でプンプンし出したのは気のせいか。
「どうせなら友達に自慢してもいいぞ。本物の殺し屋に遭遇しちゃいましたって。ま、その時にはもうこの世にはいないだろうけどな」
そう言って高笑いをあげる女の子とは裏腹に、俺の表情は劇的に無へと変わる。
「友達……」
何気なく出てきた言葉に胸が締めつけられる感覚が生じた。
「友達なんて……いじめられっ子にいるわけないじゃないか……」
「ん? なんだ? 智久はいじめられているのか?」
「ああ、もう毎日が地獄だよ。耐えられなくて何度も自殺しようとしたけど、上手くいかなくて……。
だけど今日、殺し屋を名乗る君が現れたからこれで死ねるって思ったけど、なんか見たところ無理そう――」
「聞き捨てなりませんね……!」
少し低いトーンの声で女の子は遮った。
「私にも殺し屋としてのプライドはあります! 無理じゃない! 私はやればできる子なのです!」
「無理でしょ……」
「今は手元にナイフが無いので別の手段を模索中ですが、いずれあなたは死ぬ運命にある!」
「いや、無理でしょ……」
「殺し屋を舐めない方が身のためですよっ!」
「無理だって……」
「あーもうっ!! 無理無理うるさいですね! なんですか? あなたは肯定という概念を知らないまま育ってしまった哀れな子羊くんなんですか!?」
「ははは……もしかしたらそうかもしれないな……」
「そこは肯定しなくていいんですよ!! はぁ~、どうして男というものは情緒不安定が多いんでしょうか……。呆れを通り越してもなお、呆れが残ってしまいます」
「もう無理だ……」
「……もはや智久は妖怪『むりむりじじい』と化してしまったようです……。人間に戻すには一体どうすれば……」
女の子はさっきからずっとブツブツ呟いてる智久を視野に入れながら思案する。
そして、そんなに時間はかからずに豆電球がパッと光った。
女の子は高揚感が滲み出る顔を智久に向けて、
「分かりました! じゃあこうしましょう」
数分の熟考の末、ひらめいた案を伝える。
「あなたは殺されることを望んでいる。私はあなたの望みを叶えるために力の限りを尽くす。だから、あなたを殺すまで私をここに泊めるというのはどうでしょう!」
「…………は?」
思考停止状態からの復活からの本日二度目の「は?」ご登場。
こいつは何を言っているんだ。
こいつを泊める? ここに? ここは俺の部屋だよな。つまり俺の部屋で俺とJCが一緒に過ごすということで……。それっていわゆる監禁ってやつでは……。
脳裏に自分の最悪な未来が浮かんだ。
ダメだ。そんなことをしでかしたら一人の日本男児としての尊厳が失いかねない。それに、監禁は誰にも迷惑がかかることのない自殺と比べるともしかしなくてもかなりタチが悪い。
これは阻止しなければならないと俺は強く思った。
無駄に長く喋ってしまうと失言が出てしまう可能性が考えられる。
ここはシンプルに、かつ堂々とした口調を用いて――
「却下」
「どうして!? どちらにもメリットがある素晴らしい案ではないですか! もし今あなたを殺せなかったら私の今後の生活が危ういのです! 殺されることを望んでいるのなら大人しく私をここに置いてください! ……そして私を養ってください」
「そうか、じゃあさっさと殺してく――ん? 最後なんて言いました?」
「……不覚ですが、こうでもしないと口では死にたいと言っていながらさっきのようにナイフを目にも見えぬ速さで奪い取るあなたを殺すことなど不可能なのです」
ふむふむ。文字通りに行くとどうやら彼女は俺が強者だと勘違いしているようだ。
それでターゲットと一緒にいる時間を一気に長くすることによって、殺せる確率をぐーんと上げるのが狙いなわけか。
なるほどなるほど、確かに双方にメリットは存在している。悪くない考えだ。
ただ、一つ追加して置くとするならば、
――別にこうでもしなくても簡単に殺すことは可能だけどね。
だって俺、普通に弱いし。自殺志願者だし。
言葉一つで容易に騙される殺し屋がいるのなら即刻クビを言い渡す処置をするのが義務だと無関係の一般人からは思うのだが、こいつを見る限りではそうでもないらしい。
研修生なの? 新人なの?
未だに殺し屋らしい一面が見れていない件について。
風貌も仕草も発言もオーラも、全てがまるで殺し屋とはかけ離れているような。喋り方とか途中、明らかにつくってたし。実際、本物の殺し屋とは人生一度も会ったことがないので正解がどれなのか俺には判別し兼ねるが、どう見ても違うよね。
あと、ずっと抱いていた疑問なのだが、なんというか、上手く表現しづらいのだが、こう、こいつは殺し屋のはずなのに、血という血の香りがしない、というか……。
マジレスされると何も言い返す言葉が見つからないが、多分インパクトあるJCの要素を取ったとしても結果は変わらないと思う。
それにこいつはさっき「今後の生活が危うい」と発言していた。それってつまり、殺し屋の仕事内容である殺人ができていないせいでお金が入ってきてないということではないのか?
殺し屋暦が不明な点を踏まえると、最近は殺せてないの方か、まだ一人も殺せてないの方か、ここでの選択肢は二つ出てくる。
本物の殺し屋ならば、最近ちょっと調子が悪い殺し屋ということで、どちらかと言えば前者であって欲しいのだが……後者である可能性も低くはない……。
――なんとなく……なんとなくだが、こいつの置かれている現状が分かってきた気がした。
「君さ――」
「君ではありません。私には迦恋という名があります」
「……そうだったな。それじゃ……迦恋はさ――」
分かった上で、俺は答え合わせを始めた。
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