第2話

自宅のアパートから徒歩二十分のところには、二十四時間営業でお馴染みのコンビニエンスストアがある。

放課後を知らせるチャイムが鳴ったと同時に教室を出た俺は、一度家路につき、そして帰ってきたルートとは反対側に位置するそのバイト先で馴染みのコンビニに向かった。

辿り着き、必要最低限の会話しか受けつけない年上のバイト仲間と感情を一定のまま着々と仕事をこなし、勤務時間が過ぎると、俺は飯を調達しバイトを終える。

一心不乱でいるうちに陽は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。

シフトが入っている日のみ毎度の如く通る夜道を進み、帰宅すると、夜遅くに帰ってきた俺を出迎えてくれる穏やかな笑顔を向ける家族の姿。

――とは残念ながらいかず、実際に出迎えてくれたのは海の底のような深い静寂だった。

それもそのはず、両親は数年前に病で他界。残された一人っ子の俺は母方の祖母の元で過ごし、高校入学と同時期に一人暮らしを始めた。

流石に高校生になったばかりでいきなり一人暮らしはいろいろと苦しい部分が多くあるので、大半は祖母が援助してくれている……のだが、元はと言えば、祖母が原因で始まった一人暮らしだった。

事の経緯を分かりやすく一言にまとめると、

『追い出された』。以上。

俺を引き取った理由も今は無き我が子に頼まれたからであって、俺自体はどうでもよかったらしい。そのせいで全部が全部感謝の気持ちにはならず、祖母には複雑な感情を抱いている。

出ていけと告げられた時は、そこまでして離れたいかと一瞬怒りが込み上げてきたが、俺は祖母にも過ごした家にも執着心があるわけではなかったし、正直一人暮らしに対しての興味は持ち合わせていたので特に反論せずに大人しく受け入れることにした。

故に俺は今、一人だけの空間にいる。

孤独感に満ちている。静寂や暗闇にはもう慣れてしまっている。

だが決してそれらが好きというわけではない。

むしろ俺の中のブルーな気分をより増している存在と言える。

マイナスな思考を無くしたい。しかし無意識に頭に浮かび上がってしまう。でもやはり無くしたい。

考えたくなくても、自然と考えてしまう。でもやはりどうしても考えたくない。

そんな意味のない葛藤を繰り返してるうちに就寝時刻に差し掛かってしまい、俺はベッドに体を預ける。

目をつむって自身に睡眠を促すが、いつまで経っても寝つけない。理由は明白だ。

つらいのなら自殺すればいいのに、そんな単純なことすら成し遂げれない自分の中途半端な性格に改めて嫌気が差し、俺は自嘲気味に苦笑した。

今にも溢れ出そうな気持ちを猫のように体を丸めてこらえる。

今ここで爆発→無意味。

分かってるから必死に抑える。

抑えて抑えて、抑えきったと思った。

が、不意に口からポツリと漏れる。

「死にたい……」

その時だった。

「あたっ!」

瞬間、キッチンの方から女の子らしき高音ボイスと何かをぶつけたような音が聞こえ、反射的に飛び起きて目をやるが、キッチンの光景は部屋とキッチンの間にあるドアが阻んでいるせいで視認することができなかった。

よって、確認のために物音を立てないよう意識しながら重い足取りで恐る恐るドアへと近づく。

心臓の鼓動が急速に高まっていくなか、ドアノブに手をかけ、小さな深呼吸を一度挟んでから手に力を込めて勢いよく開けると――

「?」

その光景に思わずはてなが浮かぶ。

視線が合い、俺は一人の人物の姿を捉えた。だが……

――うっかり声が出てしまい、焦って口元を手で押さえるも、やっぱりバレててさらに焦りまくる中学生ぐらいの女の子が視界に映っているような……。

電気をつけてみる。

「ふやっ!?」

キュートな声が響く。

明かりに照らされたことによって鮮明に見えるようになった視界によると、どうやら間違ってはいなかったようだ。

女の子にしては全身黒に包まれた異様な格好をしていて、初めは幽霊かと思ったが、幽霊にしてはなんだか存在が濃いし、不気味な雰囲気が感じられない。

それに、幽霊の女の子と言えば白い格好に肩まで余裕で伸びた長い黒髪が特徴的だ。

それが目の前の女の子には黒髪だけが一致していて他は全て特徴に当てはまっていない。

足もちゃんとあるし、正真正銘生きている人間と見ていいだろう。

それにしても、こんな夜中に何故女の子が自宅のキッチンにいるんだ?

その女の子に心当たりは一切ない。まったくの他人だ。

玄関のドアだって鍵はかけたはずなのだが……。

質問したいことが山ほど出てきたので、俺は優しく問いかけようと女の子との距離を詰めようとした。

だがその時、

「!?」

俺は見てはいけないものを見てしまった。

女の子のそばに置いてある鋭利なナイフを見つけてしまったのだ。

顔が引きつり、平静を保てない状態に陥った。

パニックになったことを察したのか、チャンスだと感じたのか、すぐさま女の子はそばにあるナイフを握り、無防備な俺に刺しかかってきた。

普通の人だとここでさらにパニックになり、よけることすらままならぬまま刺されてしまうことだろう。

しかし、俺は違った。

その行動を目撃して、俺の動揺は一瞬にして違うものへと変貌を遂げた。

浄化されたかのように心が満ち溢れる。

今まで感じたことのない幸福が舞い降りたかのような清々しい気分が俺を支配する。

これ以上の幸せを味わう機会は今後絶対にないと思えるほどの瞬間に胸が躍る。

何故女の子がナイフを所持しているのか?

何故自宅にいて、何故刺そうとしてくるのか?

そんな疑問、今はどうだっていい。今は、些細な問題でしかない。

――ああ、これでやっと……。

死は目前に迫っているのにも関わらず、体は興奮で震えていた。

ゆっくりと目を閉じて、子供を抱っこするように腕を広げ、死を待った。

走馬灯が見える気配を感じながら。

天国という場所を想像しながら。

来世の自分に期待しながら。

……しかし、俺の望むものはいつまでも来なかった。

代わりにやって来たのは、耳に届くバタンと人が倒れる音。

今起きている状況を把握しようと目を開けると、ナイフで刺しかかってきていたはずの女の子が綺麗に床に倒れていた。

幸せの絶頂に達していた俺は突然の出来事に困惑し、呆然とし、とりあえず、

「だ、大丈夫か?」

と声をかけると、返ってきたのは女の子の返事声ではなく、女の子の腹の虫が鳴く音だった。

そのあとに、弱々しかったが今度はちゃんと声が返ってくる。

「な、に…たべ、させ………」

俺の解釈が正しければ恐らく「何か食べさせて」と言っているのが聞こえ、冷蔵庫にある明日の朝飯用に買っておいたおにぎり二つを渡すと、見た感じ瀕死な女の子は即座に小動物が餌に食らいつくかのようにかぶりつき、あっという間に完食した。

「……腹の疼きが止まらない……」

が、それでもまだ足りないと冷蔵庫をあさり、明日の夕飯用の唐揚げ弁当とその他の細かな食べ物を勝手に食い始める。

唐揚げ弁当なんか冷え冷えの状態なのにお構いなしに貪りまくって、女の子がようやく落ち着きを取り戻したところで俺は呆れ気味に尋ねる。

「で? 君は俺を殺すんじゃなかったの?」

腹が満たされてご機嫌になった女の子は弾んだ声で、

「はい! その通りです!」

「俺を殺そうとしてるやつが殺す直前に空腹で倒れて殺そうとしてるやつに助けてもらうなんて話、聞いたことないが……ていうか君、何者?」

すると女の子はニヤリと微笑み、

「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました! その質問、ズバリお答えしましょう!」

お、なんかさらにテンション上がった。

「私は殺し屋! 迦恋というコードネームを持ち、狙った獲物は逃がさない殺し屋! 裏社会の人間の名にかけて、絶対成功の道を辿る殺し屋! 華麗に生命を奪い、痕跡を残さず華麗に去っていく殺し屋! そう、あの噂の殺し屋です!」

『殺し屋』という単語にビビッと反応した俺だったが、それは二、三個目あたりで途端に収まる。

「殺し屋、強調しすぎじゃない?」

俺が難聴じゃなければだけど、『殺し屋』ってワード五回も言ったよね?

そんなに言う必要性あるのかな? 一回で十分伝わると思うんですが。

「あなたを殺すようにと依頼を受け、密かに参上した所存!」

「無視かよっ!!」

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