第1話 

――ちょっと手伝ってほしいことあるんだけどさ、一緒に来てくんね?

クラスの問題児の一人に話しかけられた。

注意を促した後だったので、心変わりしたのかなという甘い考えを持ってしまった俺はそのまま人気のない場所に連れていかれ、そこで待機していた三人と俺を連れてきた一人から理不尽な暴力を受けた。

非力な自分が四人を相手に勝てるわけもなく一方的に集団リンチされるがまま。

人気のない場所なので助けを呼んでも誰も来やしない。

傷だらけになって倒れこむ俺に、一人は笑顔で言った。

――俺たち友達だから、この事黙っててくれるよね?

『友達だから』

この言葉が頭に焼き付いて離れなかった。

人はそう簡単には変わらない。ましてや、気にくわない言葉や態度を言われたり取られたりしたら変わるどころか悪化する一方。

そんな親切なくらい分かりやすい答えだったはずなのに、いざ身に起こると何も疑いもなく信用してしまった。

もはや注意喚起を後悔しているのかさえも分からない。

俺は正しい選択をしたと思っている。だがそのせいで高校生活を台無しにしてしまった。

思考がぐちゃぐちゃになって、俺には何もかも分からない。

そして俺はあいつらの言う通りにしてしまった。これ以上の攻撃を恐れたからだ。

その日以来、四人からよく絡まれるようになった俺を、周りは当たり前のように避けていった。

高校で仲良くなった友達も付き合いの長かった友人も、驚くほどにみんな俺から距離を取り出した。

話しかけたら無視され、近寄ったら逃げられ、先生さえもが俺を拒絶するようになった。

そんな俺に近寄り、話しかけてくるのはこの状況を作り出した発端である問題児四人だけだった。

友達ごっこと称して嫌がらせを受け、パシリにされる。

学校がある時間帯だけだったが、それだけでも俺にとっては十分苦痛のひと時だった。

なんせ俺は、壊れやすい性格だから。

絶望的な状況に光を灯してくれる漫画やアニメのようなヒーローが現れることはなかった。

学校に俺の居場所はもうない。味方をしてくれる人など誰もいない。誰も助けてはくれない。

――もう、死ぬしか……。

俺は学校の屋上から飛び降りる決意をした。

なのに、いざその場に立つと足がガクガク震え、呼吸の回数が増え、心の中では恐怖の感情が渦巻いていた。

『死にたい』

常にそう思っていた。

一歩踏み出せば――勇気を振り絞れば――その願いは叶う。

絶望的な学校生活から抜け出せる。


そのはずなのに……。


そのはずだったのに……。




――死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、死にたくない……っ!!――




「わっ!!」

大声を出してから、自分が寝ていたことに気がついた。

吹藤智久がいるのは、自宅であるアパートの部屋。その中のベッドだった。

仄かな温度が肌身を持って感じられ、外からは小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

そばにあるスマホをつけると、画面に表示されている数字が朝だということを示していた。

時の流れはあっという間だ。感覚的には目を閉じてまだ一分ぐらいしか経っていないというのに、もう既に何十時間も経過している。

でも、それは今だけ。遅い経過を望むときに限って、時間は瞬く間に過ぎていく。

この先の事を考えれば考えるほど憂鬱が止まらなくなっていく俺にとっては不愉快極まりない。

思わずあいつらに対して向けている感情と同じ感情を向けてしまう。

俺の心が曇ってさえなければ、きっとそんなことは起こらないのだろうと心底思うのだが、思うだけでは何も変わらないし、晴れる気配がない以上はどうすることもできない。

そんなどうしようもない現状を打破する策が、思いつく限りでは一点のみある。

それは、「死ぬ」ことだ。

死んでしまえば、どんなつらいことでもその瞬間、解放される。楽になれる。

ただ嫌な現状から逃げているだけの臆病者だの世間では言われているが、俺から言わせてみれば、果たして逃げることのなにが悪いのだろうか?

己の判断基準は己の中にある。

良いと思ったら良い。悪いと思ったら悪い。

それが人間という生き物なのだ。

人間として生まれてきた以上は人間として生きて、人間として死ぬ。それがまさしく本望。

だから俺もその考えに則り、死のうと思った。生きる意味を見失ってしまった俺は自殺しようと決めた。

しかし結果は失敗に終わった。

しかもその失敗が一回で収まることを知らず、回数を重ねるにつれて自らの行動で自らを死に追いやるのは俺にはできないと理解した。

それでも俺は死を求め、試行錯誤を繰り返す毎日を送った。

が、やはり思うようにはいかなかった。

俺を殺してくれるような都合のいい人は存在しない。

諦めて、残り二年半の地獄の高校生活を送る選択肢を選ばざるを得ないのかもしれないと脳裏をよぎった時はそれはそれは絶望だった。

自殺の恐怖心の方が勝っている現実は悔しくて悔しくてしょうがなかった。

しかし運命は俺の意思などに聞く耳を持たず、お構いなしに進んでいく。

そう分かった瞬間、俺の中で結論ははっきりと出た。

もう抗えない。俺は流されるがままに生きていくしかないのだ。

悔い改めの精神を持った俺は体を動かして朝のやるべきことを済ます。

だがその動きが、どこか抵抗のあるものだと感じずにはいられなかった。

結局のところ、心のどこかでは納得のいっていない自分がいるのだ。

――あの夢が、本当に夢だったらどれほど良かったことか……。

どうしようもない現状に変化をもたらすため、俺は密かに死を求めながら今日も学校へと足を運ぶ。

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