シンデレラ・シンドローム
もげ
シンデレラ・シンドローム
「……ちっ、『昨日』の私もろくなことしてないね」
舌打ちをしながら、私は突如目の前に現れた銃器を振り回すロボットに、たまたま手に持っていた斧を振りおろした。
がづんっという鈍い音を立てて斧がその金属の体に半ばまで突き刺さる。ぎゃあっだか、ぎいっだとかそんな音を立てて、ロボットがそれを抜こうと必死にもがく。
私は今がチャンスとばかりに斧の柄から手を離すと、脱兎のごとくその場から逃げだした。
「あ、ちょっと!待ってよ
何かがついてくるが、ちらりと見えたその風貌は助けにも害にもならなそうなひょろ眼鏡だったので捨て置くことにする。
「ああっ、ひどいんだからもう」
眼鏡はどことなく嬉しそうな声を出して、すぐ後ろをぴったりとついてきた。
しばしそのまま走り続け、複雑に入り組んだ路地を右に左に数えるのが面倒くさくなるほど曲がったころ、ようやく私は足を止めた。
「相変わらず息も切らさないね」
何やら知った風なことを言うこの男を私は知らない。
いや、正確には『今日の私』は知らない。
私は物心ついたころからなぜだか毎日を連続して生きたことがない。
私にとって『昨日』は必ずしも『今日の前の日』ではない。今日は大人であっても、明日は子供かもしれない。過去が必ずしも前にあるとは限らず、未来にも昨日出会ってるかもしれない。
それでも一応周りから見れば私は『
とりあえず少女であったりおばさんであったりはしたが紫央でなかったことはないから、もし魂というものがあるのだとすれば、私は彼女の人生の中を時空を超えて行ったり来たりしているようだ。
「……で、誰だお前は」
素朴な疑問を口にすると、男はオーバーリアクション気味にずるりと肩を落として見せた。
「ひどいよ紫央ちゃん。それ、毎日聞くんだから。もしかして
なんとなく不快な言葉を吐きそうだった男の足を踏むと、彼はすぐにおとなしくなった。
「……僕は
「わかった。ミリンだな。」
「そこで切らないでくれる」
どうやら彼は昨日の私の友人らしい。『毎日聞く』というぐらいだから、少なくともここ何日かは行動を共にしているらしい。少しは信頼してもいいのだろうか。
「とりあえず
新しい名前に首をかしげると、ミリンは苦笑いしてそう言った。
こっち、と合図して歩き始めるミリンに、私は肩をすくめておとなしく従った。
「俺は
「なるほど、今度はコショウか」
「相変わらずだな。それを言うなら君はスポーツドリンクだぜ」
不自然に髪を金色に染めた釣り目の男はそう言ってにやりと笑った。
ミリンに案内されてたどり着いたのはぼろぼろのアパートの一室であった。雑多に立ち並ぶ小さな家々の中のひとつ。一人ではもう一度訪ねるのは難しそうな場所だ。
そこで私は仲間だという男を紹介された。
「君は何度も名前を聞くけど、何回言ってもそのあだ名で呼ぶんだな」
興味深そうにコショウは言う。そんなことは私は知らない。だが、いつの私も彼らの事をそう呼んでいるらしいからそう呼ぶことにしよう。
「あんたらは……いや、私たちは、か。何者からかに追われているのか?」
言うと、コショウは何やら感慨深げに顎を撫でて頷く。
「そうだぜ、紫央。忘れたなら何度でも言おうじゃないか。俺たちは追われてる。しかも何やらクレイジーな連中に」
何やら?ということはコショウも自分たちを追っているのが何者なのか正確には把握していないということか。
「いつから」
「もう三週間にはなるな。はじめは君が追われてた。俺と倫はそれに巻き込まれた形だ」
「私が追われていた?」
「そう。君一人が無人ロボットに追いかけまわされていた。俺たちはそれを追い払うのに加担し、そして共に狙われるようになった」
首をめぐらすと、横にいたミリンも神妙な顔で頷いた。
「女の子が追いかけまわされてたんだよ。そりゃ助けようと思うでしょ」
女の子みたいな色白細身のミリンに言われてもまったく説得力がないが、確かに彼が襲われていたら私も助けるかもしれない。
「だが軽い気持ちで助けたことがそもそもの間違いだった」
コショウはずいっと人差し指の先を私に向かって突き出した。
「事情を聴こうにも、肝心のあんたが毎日毎日この通りド忘れしちまう。結局何で追われているのか謎のままだ」
「ううん、それについてはどうにも弁解のしようがない。すまん」
あやまられてもこまるんだがね、とコショウは突き付けた指を曲げる。
「だが、あんたのその不可思議な記憶の齟齬と、追われている理由はなんとなく関係がありそうだな」「と、いうと」
「だいたい俺たちを追いかけてくるのは無人ロボットだが、一度生身の人間が追ってきたことがある。そいつが言っていたんだ。 『彼女を引き渡せ。彼女の特殊な能力を放置しておくにはいかない』と」
それはまた、なんとも分かりやすい発言だ。
つまり、相手方は私のこの特殊なあり方を理解し、そのうえで捕まえようとしているというわけだ。
それは単純な興味のためか、それとも危険視してなのかは分からないが、ともあれそういうことならこの2人はまったく関係がない。
「ならば私を引き渡せばよかっただろう。わざわざ共に危険を冒す必要はない」
ミリンはその言葉にものすごい勢いで首を横に振った。
「何言ってるの!相手は武器を持って追いかけてきてるんだよ!?そこにはいそうですか、って女の子を渡せると思う!?」
そこは意外とジェントルマンなんだな、ミリン。「とにかく、相手方は無人ロボットと重火器を際限なく使える経済力と社会的な地位をもっているらしい。俺たちが素直にあんたを引き渡したからと言って、 その後俺たちが全くのおとがめなしにはどうにもなりそうにないな」
コショウは小型パソコンのパネルを叩き、三人が座る中心にディスプレイを浮かびあがらせた。
緑色の電子枠の中に街の地図と思しき図面が浮かび上がる。
「ここもそろそろ移動しないと突き止められるのも時間の問題だ」
パチン、とキーを叩く音がすると、画面上に赤い丸印が浮かび上がった。
「どこも安全とは言えないが、次はこのあたりに移動しようかと」
思っている、というコショウの声は聞こえなかった。
「見つけたぞ!!」
突如ドアが乱暴に開き、ロボットとスーツ姿の小柄な男が現れた。
「佐藤紫央だな!おとなしくついてきてもらおうか」
「ちっ、間に合わなかったか」
コショウはパソコンを閉じると、手近にあった缶を男に向かって投げつけた。
「効くか」
とっさに前にいたロボットがそれを片手で払う。 しかしその攻撃は陽動にすぎない。
その間にコショウは鎌を、ミリンは植木鋏を手に取る。
――って、植木鋏はリーチが短すぎないか?
私はめぼしい武器が見当たらなかったのでひとまず椅子を持ってみる。4つの足を相手方に向ければ少しは盾のかわりにでもなるか。
掛け声をあげて、コショウは一番近いロボットに鎌の刃を振り下ろした。可動部分の隙間にあてがうように。おそらくそこが敵の一番もろい部分。
がぎんっと鈍い音を立ててその腕が胴体から外れる。ぎいいあああ、という不快な音を立ててロボットがもんどりうつ。
バランスを崩して倒れたそのロボットに、えいっという気の抜けた声を上げながらミリンが躍りかかり、その首筋を力任せに押し曲げると開いた隙間に植木鋏をねじ込んだ。
力を込めて何かを切ろうとしているようだ。ほどなくばちんっという音を立て、それと同時にロボットの動きが止まった。
なるほど、どうやらそこになにやらロボットの動力をつかさどるケーブルか何かがあるのだろう。
「くそが!!」
それを見て腹を立てたスーツがミリンに向かって銃を向ける。
「危ない!!」
私はその弾丸の動線上に椅子を投げ込む。乾いた銃声と椅子の表面がはじける音。どうやら弾はミリンに届かずに済んだようであった。
「紫央ちゃん、ありがとう!」
言うやミリンはそのままスーツに突進し、走りこんだ勢いのまま足払いをしかけた。
「がぁ!!」
たまらず倒れこむスーツに、コショウも続いて襲いかかる。顔のすぐ横の床に勢いよく鎌の刃を突き立て相手の動きを封じた。
あまりに速い展開に反応しきれなかったのは私だけではなかったらしい。主人が制圧されたことに一拍遅く気付いたのだろう残り3体ほどのロボットが、振り返って3人の男たちを囲むように対峙した。
今こいつらに邪魔をされるわけにはいかない。
「この捨て駒どもめ!!」
私は机を飛び越えるとその高さから落ちる勢いを利用して、一体のロボットの肩と首に蹴りをかました。あわよくばその中にあるケーブルを引きちぎりたい勢いで。
だがそれほどやわな作りではないらしく、多少のダメージは受けたようだが無力化することはできなかった。
態勢をもちなおし攻撃しようとするその手を、深く沈みこんでかわし、後ろに飛んで他の2体とも距離を取る。
こんなことならあの時斧を置いてくるのではなかった。
さっと視線を送るとミリンはスーツを縛りあげているところだった。もう少し時間を稼ぐ必要がある。
「コショウ、鎌を!」
叫ぶと、間髪いれずに鎌が飛んでくる。回転する鎌の柄を掴んで、私は思わず頬が緩むのを感じた。
分かってるじゃないか。間違いない、こいつらは私の仲間だ。
「早く加勢しろよ!」
私は鎌を持つ手を一度確かめると、襲い来る3体のロボットに向かって突進した。
「で、なぜ私を狙うんだ?」
ぴくりとも動かなくなったロボット達を後ろに、縛りあげられたスーツの男を見下して私は言った。
はじめは何も語ろうとしなかった男だが、こずいているうちに少しずつ口を開くようになっていった。 「……シンデレラ・シンドロームはあんただけじゃないってことさ」
シ……
「なんだそのファンシーな名前の…病気か?」
男は眉を曲げる。
「とぼけるのか?わかってるんだぜ、あんただって人生をまっすぐに生きられない。そうだろう?」 「な……」
私は思わず愕然とした。この不可思議な人生を歩んでいるのは私だけではないというのか。
彼は言った。このシンデレラ・シンドロームは非常にわずかではあるがこの世界に何人かいるのだと。
原因やメカニズムは解明されていないものの、妊娠中の女性が時空移動を繰り返すと、その子供の発症リスクが高くなるのだそうだ。
しかしそんな奇病をもった彼はいわば自分の仲間ではないか。なぜ私をねらう?
「なぜ命を狙うのか不思議だって顔だな」
まさしく。私は頷いた。
「お前はまだ『最後の日』を経験していないのか」 「最後の日?」
「そう最後の日。命日だ」
命日。考えたこともなかった。そうか、人生をちぐはぐに生きる私たちはその毎日の中で突如命日を体験する可能性があるのだ。
「……ない、と思う」
「俺は経験した」
「それは……ご愁傷さまだったな」
私がそう言うと、男は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あんたに言われると複雑だな。なんせ俺を殺したのはあんただからな」
「え……?」
当惑する私をよそに、彼は訥々とその日の事を語りだした。
その日は突然来たのだと。目を覚ますと彼はすでに死の床にあったという。
「すでに意識は途切れがちだった。死ぬのだとはっきりとわかった。その枕元で俺は聞いたんだ。俺を殺したのは『佐藤紫央』だと。それから俺はあんたを探し続けていた。命日を迎える前に『佐藤紫央』を殺せたら俺の命日はなかったことになるかもしれないと思った」
「なるほど……事情は分かった。だが、そうして私の命を狙うことがあんたの死を引きよせてるとは考えなかったのか?」
「……つまり、何をしようが運命は変えられないと」
私は思わず口をつぐんだ。それは分からない。だが、なんだかそうして運命に翻弄されている彼をかわいそうに思った。
「もし……あんたを殺したのが私なのだとしたら……それは本当に申し訳ないことをした。もし、あんたに未来で会ったら殺さないようにしようと思う」
「……っは!」
男はその言葉に突然笑い出した。
「ははは、それは傑作だ!だが……もういいんだ。俺が本当に恨んでいたのはこの運命だってことに気付いたからな。そして、自分の意思で運命を変えられる確実な方法がもう一つあることに今気付いた」
「え?」
唐突に、彼はうめき声をあげてがくりと首を垂れた。その口から血が溢れだす。舌を噛んだのか!? 「馬鹿なことを!!」
すぐにコショウが来て、彼の容体を確かめる。
ミリンは電話を取り救急車を呼ぶ。
「くそっ、なんだって人騒がせな」
悪態をつきながらもてきぱきと処置をしていく彼の姿を見ながら、私は情けなくも気を失った。
目が覚めても『その日』だったことは奇跡だと言っていい。
「目が覚めたね」
そう優しく言ったミリンの顔に私はほっとした。 「すまない。すまない……本当に……」
うつむいて言った私の肩を、コショウが勢いよく叩いた。
「なぜお前が謝る。安心しろ。あいつも病院に運んでもらった。きっと命は助かる」
そうだといい。そうであってほしい、と私は心の底から思った。
「……今、何時だ?」
「11時55分だよ」
ああ、私の今日が間もなく終わる。12時を境に時空を移動するのがきっとシンデレラ・シンドロームの名前の由来だろう。
「さっきの話……聞いていただろう?私は人生をまっすぐ生きられない、そういう人間なんだ。そして私の今日は間もなく終わる……」
「うん……ちゃんと理解したわけではないけど、なんとなくはわかるよ」
「明日お前たちが会う私は、明日の私ではない。もっと、きっと未来の私だ。だから、私にとってはもしかしたら長い別れになるかもしれない」
「5分後には久しぶり、ってことだな」
「なんだか難しいね」
私は微笑んだ。微笑みたかった。きちんと笑えたかどうかはわからないけれど。
「でも、今度は忘れないよ。しばらく会えないから名前は忘れるかもしれない。また聞くと思う。でも、絶対『ミリン』と『コショウ』って呼ぶよ」
「それはなんだか複雑だな」
「でもいいよ、それが僕らの絆になるなら」
私は笑った。今度は本当に笑えたと思う。
「それじゃあしばしの別れだ。さよなら、友よ」
そして、少女は眠りについた。未来のために。その未来を守る過去のために。
(おわり)
シンデレラ・シンドローム もげ @moge_
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