第7話 フェイスレス

西暦2986年 7月 22日。


今日は最悪の日だった。


降下の時を待ちわびていた兵士達は所属不明の敵艦隊とその艦載機による苛烈な攻撃を受け、輸送艦の腹に抱かれたまま火の塊と化し、やがてオレンジ色の大きな花を咲かせる。


攻撃によって艦内が激しく揺れる中、俺は辛うじて脱出に成功した。

だが、ドロップポッドでの降下中に敵機のミサイルをモロに喰らい、一緒に乗っていた僚機二機が吹き飛んだ。

ドロップポッド内の弾薬庫や燃料タンクに引火しなかったのが不幸中の幸いだった。


大破したことによってコントロールを失ったドロップポッドは不規則な軌道を描きながらFR-2の地表へと落ちた。


こうして状況の分析ができているのは生還できたお陰だったのだが、ドロップポッドはもう使い物にならず、たった一人降り立った俺に残されていたのは長距離支援型AS、『K-18 ライトニング』。


東亜連合の傘下にあり、旧サウスコリアの企業である『ローティアム・アーム・テック社』によって開発された長距離支援型AS。

砲兵部隊に属する俺はこれでグングニール作戦で降下した部隊を後方から砲撃による援護を行う予定だったが今更そんな事を考える必要はあるまい。


K-18を動かしてから程なくして、俺は敵襲にあった。

最初は敵対勢力かと思ったがレーダースクリーンに映るそれは、明らかに数が多すぎる。

数え切れない程の群れは俺を半包囲しており、近代の軍でここまでの人海戦術を行うような所は無い。


レーダースクリーンに映る夥しい数の赤い点は一定の速度でこちらに接近して来ていた。

もし相手がAS、またはそれに相当する火力を持つ部隊だったら、と考えると首筋を冷や汗が撫でた。








今こうして交戦している自分からすれば、敵がASだった方がまだマシだっただろう。


「や」


左腕に装備している40mmガトリングガンが背中の酒樽よりも遥かに大きい巨大な樽のような円筒型の弾薬庫から弾薬を供給され、四砲身を回転させながら火を噴き、大量の空薬莢がそこら中に撒き散らされる。


「ば」


ライトニングを取り囲むそれらは40mmの徹甲弾と榴弾によって抉られ、そして五発に一発入っているAPDSが敵の背中を貫き、後方にいる敵にまで襲いかかる。


「い」


ホバー移動であちこちを飛び回り、高速で接近し、飛びかかってくる敵を間一髪で躱す。


「ってぇ!!」


HUDのガトリングガンの表示弾数がみるみる減っていき、そろそろ三桁に達しそうになっている。

それでも射撃を辞める訳にはいかない。

奴らは既に彼の周りを取り囲んでおり、少しでも反撃の手を緩めれば直ちに袋叩きに会うだろう。


襲いかかってくる敵はそもそも兵器ですらなかった。


『化け物』だ、簡単に言うならば。


ファンタジー作品とかに出てくるようなモンスターだったらまだ見た目的に許容は出来ただろうが、全周型モニターに移るそれは明らかにそのモンスターのいずれにも一致しなかった。


四対のオレンジ色に光る目を持ち、四足歩行で、真っ黒な体に体毛は一切無い。

そして体の至る所に身を守る為と思われる外骨格のような硬い殻を纏っていた。


これを見て彼、『レーヴェン・ドルート』はファンタジー作品よりもどちらかと言うとSF映画のエイリアンを連想した。


「ふっ……!」


急激な機動に体が揺さぶられ、呼吸が一瞬乱れる。

それと同時にコックピット内に警告音が流れる。

ガトリングの弾数が残り少ない合図だ。


これ以上はまずいと判断したレーヴェンはガトリングで敵性生物を蹴散らしながら出来た小さな隙間を無理矢理突破する。


鈍重な機体と言えどホバー状態での巡航速度が100km/hを超えるライトニングに流石の敵も追いつく事は出来なかった。


弾数の少ないガトリングで後ろの敵を牽制しながら距離を離す。


それから直ぐに、コックピットにまた別の警告音が鳴った。


「弾切れ……!」


ガトリングの残弾数は0と表示されている。

使えなくなったガトリングを重量を減らす為に碗部からパージした。


砂煙を巻き上げながらガトリング本体と巨大な弾倉が敵の方へと転がっていく。

投棄したガトリングは別に敵にダメージを与える訳でもなくあっさりと躱される。


ガトリングを投棄したことによって大幅に重量が減ったライトニングは更に加速する。

推進剤の残量に気を遣いつつ左手のジェットエンジンのスロットルレバーを押し倒す。


小高い砂丘を滑り落ちるように降り、時折レーダースクリーンに目を配りながら加速する。

燃料計を見ても推進剤はまだかなり残っている。

敵を撒くまでは足りるだろう。


逃げ終えた後にどうするかという計画を考えていた時、唐突にコックピット内に三度目の警告音が響く。


今度はなんだとインターフェースでも機体のステータスを確認すると、ジェットエンジンがオーバーヒートを起こしていた。


「嘘だろ……ファイアフライでもここまで酷くないぞ!?」


流石にこれは有り得ない。

ライトニングにはそこまで強力なジェットエンジンは搭載してないし、冷却系に問題があったとかそういう話も聞いたことが無い。


ふと、着陸時に機体の自己診断システムを起動するのを忘れていた事に気付き、原因解明の為にそれを起動した。


インターフェースに表示されたのは一つの警告。

それは、エンジン冷却装置の破損を示す物だった。

道理で、と思うレーヴェンだったがライトニングのジェットエンジンは既に限界が来つつあった。


スロットルレバーを引き絞ってもジェットエンジンの温度が下がる気配は無い。

それどころか上昇している。


冷却装置は恐らくドロップポッドに載せられていた時に敵機の攻撃で破損したのだろう。


周りには味方らしきものはいない。

そしてエンジンはオーバーヒートを起こして停止寸前。

万事休すかと思った所でレーダースクリーンに新たな反応が出てきた。


「これは友軍の反応……! しかもこの速度は間違いなくASだ!」


レーダースクリーンに反応が六つ、急速に間違いなくこちらに接近して来ている。

あちらもこちらの位置を特定出来ているのか動きに迷いは無い。


しかし、彼らが辿り着く寸前に遂にライトニングのジェットエンジンがオーバーヒートによって停止した。

ホバー移動が不可能となった為足が地面に着き、速度も相まって砂塵を激しく撒き散らした。


《こちら第四七機動装甲大隊隊長のラディール・エレス中佐だ。 貴官は無事か》


イヤホンから聞こえてきた男の声。

声の主は、六機の中でも一番先頭にいる機体だった。


「は、はい…エンジンが故障した以外は無事です…………って第四七!? てことはまさか……」


ラディール・エレス。

ASを駆る者もそうでない者も多くがその名を知っている。

そして47という数字。

どちらもFR-1戦役で酷く恐れられていた。


彼らの事を三銃士の兵士達はこう呼んだ。


《貴官の予想通りだ。 我々は『グレイゴースト隊』である。 私に関してはラディール・エレスよりも、『顔無し』の方が通りはよかろう》


瞬間、砂塵を巻き上げながら六機のASが飛び出して来た。

砂地には不釣り合いな灰色の塗装。

彼らがあのグレイゴースト隊である事を裏付けるのは肩部装甲に描かれた灰色の幽霊と47の数字。


しかしそれが見えたのも僅か一瞬で六機の姿は直ぐに残像となり、目で捉えられぬ程の速度まで加速し、レーヴェンの横を通り過ぎた。


彼らの機体は確かにMESTA/56 ファイアフライだが、それは見て分かるほどに独自の改修が施されていた。

背部のジェットエンジンは従来の物よりサイズが大きく、さぞかし推力も強いであろう物に換装されていた。


装甲も手が加えられており、角張った形状から流線型を多用した形状に変化していた。

いや、あの形状からして恐らく装甲厚も減らしているのだろう。


機動性の向上を目指した改修。

レーヴェンがそれらの機体を一目見て下した結論だった。


六機は各機で散開しながら夥しい数の敵の群れへと向かっていった。

普通、訓練ではファイアフライのような突撃型ASは二機若しくは三機で連携して攻撃するよう教えられるのだが、グレイゴースト隊の動きはその教えに大きく反していた。


一機ずつに散開した彼らは敵を捕捉すると両手の76mmアサルトライフルを構える。


《対人戦かと思いきや化け物狩りとはな……兎も角、我が軍に損害を与えられる前にこのラディールが排除する!!》


静寂な砂漠に響き渡ったのは遠ざかるジェットエンジンの轟音とアサルトライフルの銃声だけだった。
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イカロスの戦線 COTOKITI @COTOKITI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ