第6話 虚栄艦隊
《FR-2 山岳地帯》
「まずい……!早く助けないと!」
稜線から這い上がってきた魔物の群れに取り囲まれたアルビス達を上から見ていた少女は彼らを助けるべく巻き取り器のロックを外して斜面を滑り降りる。
彼らと魔物は既に交戦を始めており、けたたましい銃声が山の中に響き渡る。
ライフル弾で撃ち抜かれた魔物の死骸が積み重なりその上を更に多くの魔物たちが這い上がって来る。
ある程度降りた所で、彼女は腰のホルスターからある物を取り出した。
素人目に見ればそれは拳銃。
しかしもっと具体的に言えば、その形状はフレアガンに酷似していた。
撃鉄を引き起こし、既に弾の込められたそれの銃口を空に向けると引き金を引いた。
実際のフレアガンのように銃口からは青白く光る玉が放たれ、アルビス達の真上へと打ち上がる。
「何だ、照明弾か!?」
打ち上げられたその光の玉を見てアルビスが叫ぶが直後にその光の玉は空中で炸裂し、凄まじい量の光を全方位に撒き散らす。
激しく輝くその光はエルドリッヒが採用している歩兵携帯型の照明弾よりも幾分か明るくそれを見ていたアルビスはその明るさに目をしかめつつも何故だか不快感は感じなかった。
一帯が青白い光に包まれると、アルビス達を喰らわんと猛進してきていた魔物の群れが時が止まったかのように動かなくなった。
その直後、魔物の群れは頭上の光に怯えだし、後退り始めた。
光そのものを恐れているのかあの光に何か特別なものがあるのか。
彼らにこの現象の原因は分からなかった。
魔物が動きを止めている間に、彼女は腰に装備していた予備のロープを下に向かって垂らし、下にいた六人に向かって叫ぶ。
「こっちに!早く!!」
見知らぬ女からの英語を確かに聞き取った彼らは振り向く。
上からロープを垂らしている彼女の存在に気付いた彼らは一瞬戸惑ったが、垂らされたロープを見るとすぐに走り出した。
アルビスが先にロープに飛び付き、その後に続く隊員達の手を掴んで引き上げていく。
「リー!早く来い!」
だが、最後尾にいたリーがアルビスの手を掴むのに手間取っていた。
何しろ彼は部隊の中では最年少の上に身長も一番小さいのだ。
その身長の低さ故に、ロープにもアルビスの手にもその右手が届かない。
打ち上げられた光が徐々に弱まって来ているのを見て焦りが更に加速する。
リーを引き上げようとしている内にも、光はとうとう消えてしまい、魔物達が再び活発化した。
魔物達はまず逃げ切れていないリーを標的にし、襲い掛かる。
その光景を見たリーは更に焦って手を掴もうとするがパニックに陥った所為で余計にバランスを崩しやすくなり、山肌に足を滑らせた彼は転げ落ちた。
「クッソォ!!」
それを見かねたアルビスは、他の隊員を残して彼を助ける為にロープから手を離した。
下に戻ったアルビスは彼を抱えると、全力を込めて山肌を蹴った。
「掴めッ!!」
こうして彼の手は、遂にロープに届いた。
アルビスもロープに掴まり、上へ上がる。
その時に彼も引き上げようとした。
突然リーの右手を掴んでいた右手が何かに強い力で引っ張られる。
また足を踏み外したのかとアルビスは下を見た。
その時に目に映ったのは、
リーの両足にしがみついた化け物だった。
「なっ……!?」
魔物によってリーの両足は凄まじい腕力で引っ張られ、魔物の群れの中へと引きずり込まれようとしている。
「いっ嫌だぁ!!助けて!!助けてぇぇ!!!」
「チックショ……!!」
アルビスも全力で引っ張り返すが、魔物はその倍あるのではないかという腕力で引っ張ってくる。
他の隊員達が銃で撃とうにも必死にもがくリーが射線に被ってしまい、手出しは出来ない状況だった。
魔物達の腕力は下手をすればリーどころかアルビスまで一緒に引きずり込まれかねない程の力だった。
四対の琥珀色の目を光らせながら尚も魔物達は恐ろしい程の執念で引きずり込もうとする。
まるで人間で綱引きをやっているかのような状態になったが、アルビスが一方的に体力を奪われ続けている状況だ。
だが、先に限界が訪れたのはアルビスでも、魔物でもなくリーの方だった。
「駄目だ!!力を抜くな!!」
「死にたくない……!!死にたくない……!!」
次第にリーのこちらの手を握る力が弱まってきていた。
魔物はここぞとばかりに引っ張る力を強め、どんどん手が離れてくる。
もう、既に手遅れだった。
「うわぁぁぁああぁぁぁぁああああ!!」
「リー!!」
とうとう手を放してしまったリーはあっという間に群れの中へと引きずり込まれる。
それを下で待ち受けていた魔物達はリーが上から落ちてくると、我先にと喰らいつく。
「ぎゃああぁああぁぁああぁ!!いだい!!痛てぇえええぇぇえええ!!!」
下から肉が引きちぎられ、骨が砕かれる不快な音が否が応でも聴こえてくる。
耐えようの無い苦痛にもがき苦しむリーを魔物は容赦なく喰らう。
肉がどんどん食いちぎられ、足はもう骨が露出していた。
腹も食い破られ、鮮血に染められた腸が引きずり出される。
そしてその腸を魔物達は麺を啜るかのように食べる。
その不快感を煽る咀嚼音と叫び声は響き渡り、同じドロップポッドにいた二人が吐き気を催し、見るに堪えない惨状に顏を逸らした。
もう傷が付いていない所など顔ぐらいしか無い程に肉が食いちぎられていた。
それでも尚、リーは死ぬ事が出来ず自分の肉が食われていくのを感じながら叫び続けた。
脳内で分泌されたエンドルフィンによって、痛みはもう感じなくなっていた。
しかしエンドルフィンによって痛みが極限にまで緩和されているとしても、自分の肉が食われている、という感覚はそのまま彼の脳に伝わっていた。
その感覚に耐える事の出来なかったリーは半狂乱になって叫び散らしながら腰のホルスターに手を伸ばす。
生きたまま喰われていたリーはホルスターから抜いた拳銃を乱射しだした。
狙いも付けずに9mm弾が宛も無く放たれた。
ここに留まり続ければ、アルビス達にも流れ弾が飛んで来る可能性があった為、アルビスはこの場から退避する事にした。
どうせリーはもう助からない。
幾らエルドリッヒの先進的な医療技術でも、半ば骨になりかけている彼の命を生き長らえさせることは出来ないだろう。
「クソ……!流れ弾に当たる前に退避するぞ!」
「…………」
レイシェルもルーダも皆、何も言わずに下の惨状から目を逸らした。
ロープを垂らした少女も、特に何か言うわけでもなく上へ登り始めた。
その後に続いてアルビス達も上へ上へと登っていく。
安全な場所に着いた頃には、銃声もリーの悲鳴も既に途絶えていた。
《同時刻 ラオ FR-2派遣軍総司令部司令室》
「『No.6』はどうなった」
電話先の相手にそう問うのはこのグングニール作戦に於いて全軍の指揮権を握る派遣軍総司令官の『ネリス・ロングレイ』。
彼はグングニール作戦の失敗を既に知っており、先程電話先の将校から損害報告を聞いた所
だった。
確かにグングニール作戦でエルドリッヒ艦隊はかなりの損害を被った。
輸送艦、戦闘艦合わせて百数十隻を失い、辛うじて降下した部隊も散り散りになってFR-2に置き去りにされてしまっている。
しかし、彼にとって重要なのはそれではなかった。
《No.6は降下に成功しており、数値も正常値を保っています。 ご安心を》
その報せを聞いた彼は満足そうに「そうか」と呟くように言うと人工皮革の椅子にどかっと音を立てて座る。
彼と、エルドリッヒ上層部の最優先の目的はグングニール作戦そのものの成功ではなく、No.6と呼ばれる何かをFR-2に送り込む事だった。
その為、輸送艦隊がどんなに損害を被ってもNo.6の降下にさえ成功すれば目的は果たされたような物だ。
それにこのグングニール作戦は敵対勢力の陽動でもある。
彼は携帯電話を耳に当てたまま小さく笑う。
「『ナジョート』の連中も開いた口が塞がらなかっただろうなぁ」
当時の様子を思い出した彼の口角が徐々に上がる。
この戦いの結果は彼にとってとても愉快な結果に終わった。
とても滑稽で、笑い話のネタにできる程の結果だ。
「まさか輸送艦隊の半数が偽物のハリボテだったなんて、奴らは思いもしなかっただろう」
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