第5話 遭遇

《西暦2986年 7月 22日 FR-2》


広大なこの惑星の中にある山岳地帯。

それは他の山々と比べて遥かに広かった。

剣山の如き山が連なり、灰色の山肌には草木一つ根を張っていない。


その山肌に、一つの人影があった。

一定の感覚で突き刺してある鉄の杭が一本のとても長い縄で繋げられており、人影はその縄を伝ってほぼ直角に近い山肌を歩いていた。


"彼女"のこの危険な行為を咎める者はここにはいない。

何故ならば彼女はたった一人で里を抜け出し、安全圏から遠く離れたこんな山奥にまで来ているからだ。


族長はもう諦めている。

いたら止めてくれるだろう両親やその他の家族も、既に死んでいる。

その死をものともしない行動に里の人々は嘲笑し、罵った。


『馬鹿な奴だ。 死の領域の向こうになんて行けるわけがないのによ』


『山から転落して死ぬか、『魔物』に喰われて死ぬか、どちらが先だろうな……』


『子は親に似ると言うが、死に方まで真似せんでもよかろうに……』


そんな彼らの声に彼女が耳を傾けることは無い。

ただひたすらに、外の世界を見たくて彼女は先へ先へと進んでいた。

この命綱としているロープと杭を失えば、自分は死ぬ。


だが、魔物の住むテリトリーを安全に進むにはこうするしか無かった。

奴らは高所を嫌う性質がある。

自分達、『山の民』がわざわざこうしてこんな標高の高い山岳地帯に集落を築いているのもその為だ。


「はぁ……はぁ……取り敢えずあそこで休憩にしよう」


一本のロープに身体に取り付けた装備から伸びる金具を取り付け、壁走りのようにゆっくり進む。

標高が高く、遮るものが無いので強く、冷たい風が彼女の体を揺らし、冷やす。


彼女は取り敢えず休憩の場所として少し低い位置にある比較的平坦な場所を目指す。

距離はそこまで遠くはないが移動手段がこれな為、辿り着くのに時間がかかる上にその間に体力も持ってかれる。


風が吹き付ける中、何とか足場の真上まで移動することが出来た。

その後は金具を縄に固定した状態で腰に装備している巻き取り器の固定を外し、ラペリング降下のように下に降りる。


落ちないように、急ぎ過ぎずゆっくり、確実に降りていく。

足場との距離が縮まり、足場の様子がはっきり見えてくる。


「よい……しょっと」


遂に足場に足が着いた。

足が着くとまずは背中に背負った重たいバックパックを下ろし、山肌にもたれ掛かる。


この際に決してロープを回収してはいけない。

そうすればもうここから上がることは出来なくなり、凍死までの長く苦しい時間を一人で過ごす事になる。


「えーと、どこまで進んだっけ」


荷物から手描きの地図と筆記具を取り出し、現在地を確認する。

地図と言ってもこの山岳地帯の全てを描いた訳ではなく、この地図を広げる為にも彼女はこうして探索しているのだ。


「あの山があそこにあって……太陽があの位置だから……」


周りの地形などを見ながら最後に描いた位置からどれ程進んだか確認し、その後に地図を描き始める。


山の高低差や傾斜の緩急が分かるように等高線を描きつつ、その上に更に危険な場所や安全に進めるルートを書き記す。


今見てみれば、描き始めてからかなりの量を描いてきたものだ。

最初は里から少し離れた場所しか描かれていなかった地図が、長い時を経て次第に広がっていき、今では現在地から里を見ることが出来ない程に遠い場所まで来る事ができるようになった。


これを完成させれば、この地図を自分に託して死んでいった両親にも顔向け出来るというものだ。


もう何年もこうして地図を書き上げて来た彼女は凄まじいスピードで地図を描いていく。


今見えている範囲の地図が描き終わろうとした時、空の上から聞こえてくる謎の音を彼女は聴いた。


「何だ?……上から?」


空を見上げた彼女が見たのは、ここに向かって落ちてくる二つの巨大な影だった。







激しく揺れるドロップポッドの中。

高度計の数字はどんどん減っていき、地表が近付いてきている。

その高度計を見ていたアルビスは無線を部下に繋げる。


「逆噴射始まるぞ!吐くなよ!」


そうアルビスが言った瞬間、ドロップポッドの底面にある大型のジェットエンジンが火を噴き、速度が一気に下がっていく。


それと同時にパラシュートも展開。

高度計の数字は既に三桁に達しており、地表がすぐそこに見える。

ドロップポッドの速度は既に安全な域まで下がっており、パラシュートでゆっくりと降下している。


「ここは山岳地帯か。 切り立った山が多いな」


《着陸出来る所があって幸運でしたな》


パラシュートが切り離され、ドロップポッドやや激しめに地面に着陸した。

コックピットに伝わって来た衝撃で着陸した事を確認した。


そして少し離れた場所にもう一つのドロップポッドも無事に降りて来た。


着陸するとまずはドロップポッドの外部カメラを操作し、レーダースクリーンを見ながら周囲を警戒する。


見た感じ敵兵や野生動物がいる様子は無かった為、突発的な戦闘は起こることは無さそうだ。


周りを警戒しつつもハッチの開閉ボタンを押し、ドロップポッドのハッチを開く。


「アンテナを立てるぞ」


多機能統合インターフェースのタッチパネルを操作し、ドロップポッドの長距離通信用アンテナを展開しようとしたが、パネルを操作してもエラーの警告が出てくるばかりで動く気配が無い。


「クソっ、アンテナが動かないぞ」


《大方先ほどの攻撃で故障したのでしょう》


「あぁクソッタレ!……仕方ない、外に出て外部操作盤で展開する。 二人は警戒を頼む」


《了解しました》


ファイアフライのコックピットハッチも開き、ハッチの片側から伸びるパイロット昇降用ワイヤーの持ち手部分に足をかけてそのまま降りる。


コックピットから取り出した自動小銃を構えながら外部操作盤の位置まで歩く。

後ろには既に降りた二人が周囲の警戒を行っていた。


到着すると操作盤のハッチを開き、アンテナの操作を行う。

こっちは無事だったらしく、正常に動いてくれた。


「よし、こっちは何とかなったか」


天高く突き立つアンテナを見ながら満足気に言う。

そしてもう一つのドロップポッドの方を見てみるとどうやらあちらも何かトラブルが起きているようだ。


長距離通信用アンテナは正常に展開されているが、パイロットがファイアフライの背面部に張り付いて何かをしている。


わざわざ近付いて話し掛けるのも面倒なので無線で呼びかける。

因みにアルビスの中隊に与えられたコールサインは『アロー』だ。


「こちらにアロー01よりそこのお前ら、何をしている」


アルビスの声を無線機越しに聞いた彼らは作業の手を止めるとこちらを見た。


《あーあー、こちらアロー04、ドロップポッドのAS固定装置が故障していて動かないので現在、修理中です》


無線に答えたアロー04と名乗る男はリー・ロラウス曹長という黒髪の短髪で若干童顔のパイロットだ。

リストによれば二十四歳とこの部隊の中では最年少であり、しかし成績は良いか悪いかと聞かれたら悪い方だった。

座学は悪くないのだが、ASの動きにぎこちなさが残っており、撃墜判定も彼が一番少ないそうだ。


どうやらあちらもドロップポッドが故障を起こしているようだった。

これには運の悪さもあっただろうが、元よりAS用ドロップポッドは何かと故障を起こし信頼性に欠けていた。


FR-1戦役時に於いても降下時の故障の報告がかなり上がっていた。

アルビス達のようなアンテナの故障、AS固定装置の故障、ハッチの故障などなど。


中には減速用ジェットエンジンが作動せずに地表に墜落して中にいたASとそのパイロット丸ごとペシャンコになった事もあった。


全ての原因は整備不良によるものだったが、何気に降下部隊にかなりの損害を与えた兵器とも言える。


仕方ないので、彼らの修理が終わるまでアルビス達は待つ事にした。

辺りの景色を見渡しながら近くに転がっていた岩に腰掛ける。


「にしても、変な場所だな」


「はい、確かにそうですね」


自動小銃をスリングで肩から下げているレイシェルがアルビスとは真逆の方向を見ながら言った。


「虫一匹どころか雑草一本生えていない。 ただの山岳地帯って訳では無さそうだ」


こうして当たり障りの無い会話をしながら暫くの時を過ごした。

リー達の修理は存外早く終わり、無線で修理の完了を告げられるとコックピットに戻ろうとした。


その時だ、無線に不調が表れだしたのは。


「……ん?」


無線を弄っていたルーダが何か異変を感じたのか、首を傾げた。


「どうした?」


「いえ、それが突然無線がノイズまみれになりまして……」


「何?」


それを聞いてアルビスとレイシェルも自身の無線機の状態を確認する。

すると聞こえて来るのはけたたましい雑音ばかりでそれ以外は何も聞こえなかった。


「ジャミングか……?」


周波数をどのチャンネルに繋いでもノイズが無くなる気配は無い。

もし、ジャミングが行われたとすればこれを行った敵が動き出した可能性がある。


取り敢えず、さっさとASを動かした方がいいだろう。


「ジャミングかは分からないが、兎に角コックピットに戻──」


アルビスの声がレイシェルの声によって遮られた。


「待って下さい、何か音が聴こえます」


「音?」


そう言われて無線機を切って辺りに耳を済ませると、確かに何か遠くから音が響いて来ている。


「……何かの足音か?」


「にしても、相当な数が動いているみたいですね」


その音は次第にこちらに向かって来ていた。

まるで、自分達を標的としているかのように。

もうすぐそこまで来ているのか、足音がはっきり聞こえるようになってきている。


「ッ!全員、周囲を警戒しろ!」


足場のはいつの間にか全方位に広がり、足音の主は相当な数の群れでアルビス達を包囲していた。


「何か来るぞぉ!!」


稜線の先から這い上がってきたのは、おぞましい見た目をした幾百もの化け物の群れだった。





















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