第4話 槍は大地に突き立つ

《メルリオル系、FR-2周辺宙域》


現在時刻は三時。

FR-2の軌道上に到着し、降下を開始するのは四時だ。

本作戦、『グングニール作戦』は大部隊によるFR-2への降下作戦である為、兵士やAS、車両等を押し込めた輸送艦の群れが戦闘艦の群れに護られながらFR-2を目指して進んでいる


エルドリッヒはまだFR-2内外の状況を把握しきれていない。

何しろFR-2は単純計算で地球の五十倍の大きさを持つ惑星なのだ。


二十倍の大きさのFR-1も大概だが、ただでさえFR-1戦役でかなりの戦力を失ったエルドリッヒにこの星は手に余るだろう。


「グングニール作戦、か……何とも無茶な作戦だな」


パイロット用の休憩室の隅にアルビスが一人、煙草を片手に座っていた。

他の隊員は恐らく全員自室で寝ているか夜更かしでもしているだろう。


そう考えていたが、唐突に扉の開く音がしたので思わずその方向を向いた。

そこには煙草の箱とライターを片手に持ったレイシェルがいた。


喫煙目的で来たのだろうが、随分遅くに来たものだ、と思いながら敬礼をする彼女と目を合わせる。

相変わらずいい容姿をしている。

喜怒哀楽がハッキリしていたら今頃モテていたに違いない。


対する自分は、少しやつれていて目にも少し隈が出来ている。

何と情けない顔をしているのだろうか。


「隣、失礼します」


隣に座る彼女を横目で見ながら、アルビスは煙草の紫煙を吐き出す。

吐き出された紫煙はうねるように舞い上がり、やがて休憩室の換気扇に吸い込まれていった。


「大尉」


彼女は、箱から取り出した煙草にライターで火を付けながら話しかけてきた。


「なんだ」


「大尉は、この作戦をどう思われますか」


その質問に、彼は数秒考えた後に答えた。


「はっきり言って、無茶だな」


「やはり大尉もそう思いますか」


吸殻を捨てると、彼は彼女の方を見る。


「今のエルドリッヒにFR-1戦役の頃のような力は最早殆ど残っていない。 死に体になってるのを悟られないように必死に誤魔化しているだけだ」


「グングニール作戦もその内、という訳ですか」


「だろうな。 おまけに俺達はFR-2の状況を把握出来ていない上に敵対勢力の動向も分からない」


彼の言う通り、今のエルドリッヒに嘗ての大企業としての力は残っておらず、上層部はそれを悟られない為に強気になってしまっている。


グングニール作戦はその偽りの力を知らしめる為でもあるし、FR-1から撤退する事も考えて地下資源の独占も狙っている。


ここまで事態が悪化した原因はもっと根本的だ。


「エルドリッヒは、敵を作り過ぎたな。 資源の独占に躍起になり、各勢力から友好関係などそっちのけで敵意を集め続け最終的には三銃士の結成などという最悪の形でツケが回ってきた訳だ」


基本的にエルドリッヒには支配か、殲滅という極端な選択肢しか頭に無かった。

資源の利権等で対立関係にあった勢力は積極的に攻撃し、滅ぼした。


そして命乞いをする勢力は全て支配下に置かれ、エルドリッヒの意思に逆らえぬ傀儡と化した。

東亜連合が正にその一つだ。


「何奴も此奴も……タダ飯ばかり喰らって足を引っ張りやがって……クソッタレ」


「……」


彼女は特に何か言う訳でもなく彼の話に耳を傾けた。


「FR-1戦役だってそうだ! 上層部が敵を侮った結果三度に渡る降下作戦は失敗し、四度目のレインボー作戦ですら漸く相討ちになった程度だ! 戦略を見直す……いや、そもそも周りに敵しかいないというあんな状況を作りさえしなければ幾千万という将兵が死ぬ事も無かった筈だ!」


次第に彼の声は高まり、その愚痴は怒鳴り声に変わろうとしていた。

ただ彼の言うことはもっともだった。

三銃士との対立の原因を生んだのは当時の無能な上層部だ。


ASに搭載するジェットエンジンの推進剤に欠かせない石油や装甲材や高速徹甲弾の材料として使用されるマレリウム鉱脈の利権で三銃士と対立した際に妥協案を許さなかったエルドリッヒは結局開戦に踏み込んでしまった。


その結果がこのザマである。


「無能だけじゃない、ある時には裏切り者すらいた! エルドリッヒの不利を悟った瞬間三銃士に寝返った奴らが俺達に銃口を向けやがったんだ!」


彼は叫べる限り自分の不満を叫んだ。

味方の足を引っ張り、時には裏切り、自分の邪魔をした奴らへの憎悪を叫んだ。


「三銃士もそうだが、あの無能と裏切り者共こそが真の悪だ……。 本当に排除しなければならなかった……」


話すだけ話し終えた彼は背もたれにもたれ掛かりながら目を閉じる。

彼が話し終えてから彼女は話し出した。


「大尉の不満、私も理解できます」


一息置いて続ける。


「取り敢えず今は落ち着いてください。 それに、今日は大尉の誕生日じゃないですか」


「何……? いや、そういえば確かに誕生日だったか……日付はとっくに更新されてしまっているが。 にしてもよく知っていたな」


「隊員のリストで確認しましたので」


「そうか……」


結局煙草は一本しか吸っておらず、未だ右手には煙草の詰まった箱が握られていた。


誕生日……そんなものを他人に覚えられていた事など今まであっただろうか。


「誕生日か……。 俺は産まれてこの方、誕生日なんて祝われたことが無いな。 勿論プレゼントも貰ったことが無い」


「でしたら、私が祝いましょうか。 生憎、バースデーケーキも誕生日プレゼントもありませんが」


彼女は煙草をポケットに仕舞うと改めて彼と顔を合わせた。


「大尉、誕生日おめでとうございます。

今年で三十四歳ですね」


プレゼントは無かったが彼はそれ以上の何かを貰ったような気がした。


しかし、誕生日を美人に祝って貰ったは良いが、この時彼はある違和感を感じた。

自分の記憶に異変が生じている事に気付いたのだ。


記憶の喪失ではない。

だが、これはまるで……自分が経験した筈の記憶の上に更に何か、自分の知らない記憶が重ねられているような。


──俺は過去に、一度誕生日を祝われている?


これが何だったのかは分からない。

降下開始も間近だったので取り敢えずその事は頭の片隅に仕舞っておく事にした。









《メルリオル系 FR-2軌道上》


「ASを早くドロップポッドに詰め込め!! もうすぐ俺達の番だぞ!!」


整備班の連中が班長による怒鳴り声を浴びながら必死に降下への準備を進める。


巨大なクレーンが七〜八メートルもあるASを持ち上げ、ドロップポッドに三機載せ、そのAS用の火器や弾薬、ジェットエンジンの推進剤にその他の食料やパイロット用装備が整備班や輸送車両で運ばれては敷き詰められる。


この輸送艦の先にいる先行隊の輸送艦は既に歩兵と兵器、物資の投下を開始している。


AS用より一際大きいドロップポッドがFR-2の引力に引かれて落ちていく。

自動航行システムによって軌道上を漂う岩石等を回避しながら黒い円錐形のシルエットがFR-2の地表に呑み込まれる。


この宙域は大小様々な岩石が漂っており、視界は良いとは言えない。


「大尉、ドロップポッドの準備が完了しました」


ドロップポッド投下室の中をうろうろしているとルーダがやって来て降下の用意が出来たと告げた。


「分かった、俺も搭乗しよう」


整備員が駆け回る室内を歩き、ドロップポッドに載せられたAS、ファイアフライの前に立つと整備員が用意した脚立を登ってコックピットに入る。


搭乗する時に全周型モニターを汚さないように気を付けながら座席下のフットペダルの手前に足を着ける。

それから勢いに任せて座席に飛び込むように乗り込んだ。


機体の電源を付け、全周型モニターが起動した。

すると自動的に生体認証システムが機体に登録されているパイロットデータと搭乗しているパイロットを照合した。


パイロットがアルビスである事を確認すると、機体のコントロールが全て解除される。


ハッチが閉じ、起動前は座席の前に折り畳むようにして倒されていたタッチパネル式の多機能統合インターフェースが起き上がり、画面が点いた。


それと同時に全周型モニターも点き、モニターには各種計器や方角、レーダースクリーン、マップが。

インターフェースには機体のステータスや装備している武装やそれぞれの状態に所持している弾薬数、スモークディスチャージャー等といった外部装備の状態が表示された。


今は武装と弾薬は全てドロップポッドの方に載せているのでインターフェースには近接武装以外は全て0と表示された。


「FCS(火器管制システム)、RCU(反動制御ユニット)、RCS(姿勢制御システム)、FAS(地形解析システム)、各ジェットエンジン、姿勢制御バーニア、マニピュレーター及びペディピュレーター異常無し」


インターフェースに次々と機体のステータスの診断結果が表示される。


「ジェネレーター出力正常。 全動力路解放。 推進剤供給開始」


ジェネレーターである小型核融合炉が起動し、甲高い稼働音がドロップポッド投下室に響き渡る。

この船には三機のASを載せるドロップポッドを十個搭載ことが出来る。


つまり今この船には三十機、二個中隊のASがいる。


その三十機が全機ほぼ同時に起動した為、船内はとんでもない轟音に満たされている。

イヤーマフが無ければ鼓膜が破れてしまうし、無線が無いとまともな会話すら出来ない。


「メインカメラ、サブカメラ異常無し。 赤外線熱源探知装置、サーマルサイト、動体センサー、風速センサー、スポッター異常無し。 索敵レーダー、追尾レーダー共に正常」


インターフェースが全ての診断を終え、診断結果のウィンドウが全て消える。


「全システムオールグリーン。 全機ステータスコール!」


《こちら二番機、全システム正常》


《三番機も出撃準備完了しています》


二番機のレイシェルと三番機のルーダに続き、中隊の全員が順番にオールグリーンを告げる。

それが終わるとドロップポッドのAS格納部のハッチが閉まり、複数のクレーンによって投下口にセットされる。


間も無くAS部隊の降下が始まる。


降下は……三十秒後。


待ち時間はあっと言う間に過ぎる。

気が付けば、艦隊司令部が無線で十秒前のカウントを始めていた。


《降下、十秒前。 九……八……七……六……》


投下口の下の扉が開く。

ドロップポッドの外部カメラ越しに真っ暗な岩石漂う宇宙が見える。


隊員達は今頃初の実戦に体を強張らせているだろう。

だが自分とて六年ぶりの実弾を用いた実戦だ。

感覚が鈍っていないことをアルビスは祈った。


《四……三……二……一……降───》


突如襲い来る途轍もない衝撃。

そして爆発音。

機内も激しく揺れ、警告音と共にモニターに警告が表示された。


《一体何が……!?》


「敵の攻撃だ!」


突然の奇襲攻撃。

左翼側にいた護衛の戦闘艦と近くにいた輸送艦がほぼ同時に攻撃された。

そのあまりにも早い敵の迅速な行動に艦隊は対応が追い付かない。

対艦ミサイルを腹に抱えた敵の攻撃機が次々と襲ってくる。


先程の衝撃も対艦ミサイルが一発被弾した為のものだった。


《所属不明の艦隊を複数捕捉!》


《エンジン区画に被弾!このままでは燃料に引火する!!》


《対空攻撃急げ!》


《敵艦隊は岩石群の陰に隠れていた模様!》


エルドリッヒ艦隊も負けじとCIWSと艦対空ミサイルによる対空攻撃を開始するが、その間に今度は左側の岩石の影から姿を現した敵艦隊が粒子砲を撃ち始めた。


左側にいた護衛の戦闘艦は次々被弾し、爆炎が上がる。

戦闘艦同士の撃ち合いが行われる中、輸送艦を狙う敵の攻撃機とそれを迎撃する為に発艦した戦闘機による空中戦が輸送艦のすぐ周りで繰り広げられていた。


だが敵は数でこちらに勝っていた為、迎撃隊は数の暴力によって押し潰されていく。

攻撃機は既に対空攻撃を掻い潜って艦隊の懐に入り込んでいた。


「クソっ!敵機の狙いはドロップポッドだ!」


《このままでは我々は反撃できません!》


ASは全てドロップポッドに固定されている為、こちらからの反撃は出来ない。

それにASは元より陸上での戦闘を前提として作られた兵器だ

ジェットエンジンがある為ホバー移動こそ出来るが、空中戦は不可能だ。


何故かと言えば、二つの理由がある。

それは姿勢制御システムと姿勢制御用のバーニアの位置と数が空中戦に適していないからだ。


ASがもし空中戦なんて行おうとすればそれが例え最新鋭のファイアフライであっても、バランスを保てずに空気の抜けた風船のように滑稽な飛び方をした後に地面か障害物に衝突するだろう。


つまり、敵が来ればアルビス達は抵抗すら出来ずに蜂の巣にされる。


「こうなったら緊急降下だ!訓練でやり方は覚えているな───ぐぅっ!!」


アルビス達の輸送艦を更に複数の衝撃が襲う。

対艦ミサイルと粒子砲が数発命中したらしく、ドロップポッドに当たりはしなかったものの輸送艦が大破した。


「まずい……!音の位置からしてエンジン区画に当たったか!」


インターフェースを操作し、ドロップポッド懸架装置のコントロールを自分で行う。

降下地点など気にしている場合ではない。


「お前達も早く脱出しろ!輸送艦が吹っ飛ぶぞ!!」


懸架装置からドロップポッドを切り離し、アルビス達三人は先に脱出した。

カメラに映る景色が激しく揺れ動き、それが収まると視界に映るのは岩石群と攻撃を受けた戦闘艦の残骸だった。


周りを見渡すと、アルビスとは別の中隊の方も脱出には成功しているようだ。

しかし、こちらの中隊のドロップポッドはアルビスが乗っているのとその隣にいた二つ目しか脱出していなかった。


「何をしている!?早く脱出しろ!!」


《だ、駄目です!懸架装置が破損していて切り離せません!!た、助け──》


その瞬間、FR-2へと吸い込まれていくアルビス達の頭上を幾筋の光線が横切った。

光線が向かう先にあったは先程までアルビスがおり、そして、未だ脱出できていない九人の部下を乗せた輸送艦だった。


脇腹を粒子砲によって貫かれた輸送艦はドロップポッドを腹に抱えたまま燃料に引火し、爆発があちこちで起こった。

そしてジェット燃料から起きた火災は艦内弾薬庫までに達し、やがてオレンジ色の大きな花となって散った。


──第二九一機動装甲中隊、作戦開始して間も無く僚機九機を損失。


《アルビス大尉!先頭の輸送艦が!!》


「何っ!?あの輸送艦にはロイス少佐が!!」


ルーダが叫んだ頃にはもう手遅れだった。


ロイス少佐率いる中隊を乗せた輸送艦は誰一人脱出する事が出来ず、艦内弾薬庫に被弾し誘爆。

原型を留めない程に吹き飛んだ。


──第一八六機動装甲大隊、大隊長のロイス・ラーディ少佐が戦死。


大隊は指揮官を失ったまま引力に引かれて落ちていく。

大隊全員が緊急降下で降りた為、降下する宛など知らぬまま散り散りになる。


脱出できても逃げ遅れて敵の攻撃機に破壊されたドロップポッドも多くいた。


《うあぁあああっっ!!落ちろ!死ねぇ!!》


中にはハッチをASでこじ開け、ドロップポッドに乗ったままアサルトライフルで必死に抗戦する者さえいた。


ただ、敵はその彼らすらも容赦無く撃ち落とした。


生き残ったドロップポッドは既に幾つかが大気圏に突入している。

グングニール作戦は開始から既に破綻してしまった。


唯一無事に降下出来たのは機械化歩兵十数師団程度だ。

物資だって完全に全て投下出来た訳ではない。

本格的に地上での戦いが始まれば負けるのは目に見えている。


散り散りになったAS部隊は、各々の生還を祈りながら次々と大気圏へと突入する。


大気圏に突入する直前、アルビスが最後に見た光景は真上で燃え盛る輸送艦隊とその護衛艦の群れだった。






















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