第3話 集結

第314駐屯地に来てから幾日が経った。

アルビスが正式に配属されたのは第二九一機動装甲中隊。

新たに編制された部隊であり、まだ指揮官がいなかったので中隊長としての配属だ。

第一八六機動装甲大隊の指揮下で動くこの中隊の規模はASが十五機、どれも第三世代機のファイアフライが配備されている。


第二九三機動装甲中隊は第一八六大隊の指揮下の下、真っ先にFR-2へと降下する事になっている。


まだリストで見た名前と隊員達の顔は一致しないが、皆若かった。

しかし新兵という訳ではなく寧ろ訓練でも良い成績を残した精鋭揃いだ。

話ではあの第三機動打撃軍(エルドリッヒ軍に於いて最精鋭とされている軍。 あまりの訓練の厳しさに所属する兵士は他と比べて少ない)の叩き上げらしい。


実際、模擬戦で相手をしてみたが全員筋が良い。

エースパイロットのタマゴとまではいかないが、戦場では長生きする方だろう。


「アルビス大尉」


ある日、訓練を終えて兵舎に戻ろうとしていた時に後ろから誰かに声を掛けられた。

誰かと言ってもそのドスの効いた声から誰かなどすぐに分かるのだが。


「…ロイス少佐」


ロイス・ラーディ。

彼こそがこの第一八六機動装甲大隊の大隊長であり、アルビスと同じ三銃士との戦いを生き抜いた者だった。


アルビスはロイスのような豪傑を体で表したような男はあまり好きではない。

大抵、こういう男は自分より下の人間を認めず、貶める。


自分こそが、とか、そういう言葉も態度も彼は嫌っている。

ただ見ていて腹立たしいのもあるがそれだけじゃない。

戦い以外に興味を持たず、面倒事を毎回押し付けられるのだ。


アルビスが新兵だった頃も、隊長に報告書の作成と提出を押し付けられた事がよくあった。

そのお陰で前から予定していたスケジュールは崩れに崩れ、彼は怒りに身を震わせながらキーボードを打ち続けていた。


元より、幼稚だと言われるだろうがアルビスは自分の思い通りに事が進まないのを特に嫌う性格だ。

休憩時間の時にジュースを買いに行ったら欲しい奴だけ売り切れていたりとか、ASによる近接戦闘訓練でたった数発弾を外したぐらいでも激しく腹を立てる。


腹を立てるだけならまだいい。

彼はFR-1戦役の時に上官を一度殺害した記録がある。

しかし当時は戦局が悪化しつつあり、彼がエースパイロットだったというのもあって処罰は先送りにされていた。


因みにその殺害の動機は上官が撤退した敵の部隊を追撃している最中なのに下らない理由で部隊を動かそうとしなかったから、だそうだ。

その下らない理由とは敵部隊が逃げ込んだ三銃士管理下の都市に住んでいた住民の避難が終わっていなかったから、というものだ。


上官を殺害した後アルビスは独断で部隊を動かし都市及び敵部隊が潜伏していたエリア全域への飽和攻撃を仕掛け、民間人諸共敵を撃滅してみせた。

これを聞けば非人道的と罵られるかもしれないが、実際は良い判断だったと言える。


あの時敵の部隊は十数師団というかなりの規模だった。

しかもその部隊には敵の優秀な参謀将校や指揮官も混じっていた。

もしあれを逃せばエルドリッヒにとってかなりの痛手となっていただろう。


そして終戦後に改めて軍法会議に掛けられ、アラスカ基地に左遷されたと言うわけだ。


「何の用でしょうか」


不快感を心に留めておくように心がけながら表情を一切変えずに答える。


「なあ、俺と模擬戦やらねえか?」


その言葉を聞いた時点で返答など既に決まっていた。

だから嫌なんだ、こういう奴は。


「すみませんが、遠慮させていただきます」


そう言って断ったがロイスは諦める気配が無い。


「ほう、FR-1帰りのベテランともあろうお前が敗北を恐れるか」


大丈夫、今更こんな煽り程度でキレる程耐性は低くない。

何を言われようが模擬戦なんて嫌に決まっている。

自分の隊の練度を把握しただけで充分だ。


「沈黙か……互いに連携を取りやすくする為にも力量の把握は大切じゃないか?」


「その必要はありません。 我々は我々だけで上手くやります」


そういうとロイスの表情が変わった。

嘲笑うようなニヤついた表情から一気に不機嫌な表情に変わり、アルビスを睨みつける。


「……上官命令だ、俺と模擬戦をしろ」


上官命令という言葉を聞けば大抵の兵士は従わざるを得なくなってしまうが、上官すら殺害してみせた彼にとっては怯えるものでもなかった。


「幾ら佐官である貴方といえど、部下に模擬戦を強要する権限はありません。 これは社内規定にもあります」


それ以上ロイスが何かを言うことは無かった。

舌打ちと共に「つまんねえ奴だ」と吐き捨てながら廊下の奥へと去っていった。


アルビスもここにずっと留まる訳にもいかないので兵舎に戻って待機という名の休憩時間を取る事にした。


兵舎に戻ろうとした時、もう一人の誰かがエレベーターに入って行くのが見えた。

置いてかれる訳にもいかないのでアルビスもエレベーターに駆け込む。

幸いその人はこちらに気付いてくれていたようで扉を開けたままにしてくれた。


遠目で女性と分かった彼女はこちらに敬礼したのでアルビスも答礼をした。

長い銀髪を後ろに束ねており、顔付きも整っていて体型も出過ぎず引っ込み過ぎずと男に好かれそうな容姿をしている。


ただ仏頂面で目付きが悪く、初対面だと睨まれていると勘違いしそうだ。

そういう点ではアルビスと似通った所がある。

肩の階級章を見ると少尉だった。


アルビスが隣に立つと彼女は扉を開けるボタンから手を離し、エレベーターの扉が閉じて上へと上がり始めた。


エレベーターが動き続ける中、アルビスは彼女の顔と脳内に保管していた隊員リストを照らし合わせていた。


思い出した、彼女はレイシェル・バーン。

ウチの部隊の隊員だったか。

模擬戦で特にASの動かし方にキレがあったと覚えている。

動きは確かに十五人の中でも特に良いがエースパイロットになれるかは、まだ実戦に出てみないと分からない。


そう考えている内に四階でエレベーターが止まり、扉が開いた。

アルビスがエレベーターから出るとレイシェルもそれに続いて出てきた。

住んでいる階は同じだったようだ。


無機質な廊下を並んで歩く。

灰色の廊下とここの階層を覆う灰色の天井が相まってまるで灰色に包まれた別世界に来たような錯覚に陥る。


並んで歩いているが、二人が離れる様子は無い。

まだ彼女の部屋は先にあるらしい。

しかし、こんなにもすぐ近くに人がいるというのにこうも会話が発生しないのはいかがなものか。

ここは流石に何か一つでも話をしておかないと上官としてもまずいだろう。

そう考え、自分の部屋の前に到着した所でレイシェルに視線を向けた。


「レイシェル少尉」


そのまま歩み去ろうとしていた彼女が彼の声に反応し、振り向く。


「何でしょうか」


「お前は嘗て第三機動打撃軍にいたんだろう。 模擬戦でのスコアは覚えているか?」


「スコアはキルが六十八、アシスト九十一、被撃破は十五です」


彼女は思い出そうとする素振りも見せずにあっさりと答えた。

予想以上の高スコアにアルビスは少し目を見開いた。


危なかった、あと少しで自分のスコアを抜かれていた所だった。

それは兎も角、将来有望なパイロットだ。

二番機は彼女に任せるとしよう。


「では、これで」


「あぁ、引き止めてすまなかったな」


一言そう言って彼女はアルビスの隣の部屋に入って行った。

隣だったのか、と思いながら自分も部屋に入る。

部屋に入ったアルビスはスマホを起動し、月日を確認する。

二九八六年 七月 二十日。


部隊の集結、輸送艦隊の編制共に既に完了している。


作戦開始は……明日だ。



























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