第9話 Trait
教室に戻る。いつもと同じ人の会話音が飛び交っている。自分とは無縁の雑音をスルーし、席についた。
後ろから、いつものような挑発の雰囲気を感じる。
「あらら~、色々あったみたいですね~」
「…えーと、次は美術だから、さっさと移動しないとだな」
「それは酷くない?」
雪之がニヨニヨとしながら尋ねてくる。
「というか、美術あんまし得意じゃないでしょ」
「まぁ」
俺はイメージ通りだろうけども、芸術科目は男子の平均程度。しかし、それを加味しても雪之と俺は違いすぎていて、群を抜いて秀でている。
元吹奏楽部だった雪之だが、その吹奏楽部に入った理由も『中学で美術はわかったから」で、辞めた理由は『芸術以外が面倒だった』だそう。雪之らしい理由だ。
「あ、そうそう。ミスター偏屈くんに伝言があるよ」
「へぇ、物好きもいたもんだ」
「生徒会長さんからだよ:『部活前、生徒会室に寄るように』」
「…そうか、ありがと」
雪之が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「へぇーーーーー?ありがとう?今日はやけに素直じゃん!」
「人間は流動的に変化する多面的な存在だ」
「ふーーーーーーーーーん」
妙なニヤニヤを見せながら、雪之は移動の用意に取り掛かった。
――――――
それにしても、妙だな。廊下で身を震わせながら思案する。
というのも理由が一切わからないのだ。三十二代、すなわち二代前の生徒会とは何度か交流を持ったことがある。文芸部設立の際に、細部を詰める際などに赴いたからだ。
しかしそれは二代前の話で、先代と今代とは話が別だ。呼ばれたのは全部長ではなく、俺だけ。とりわけ粗相をした覚えもない。
さらに、懸念する理由がもう一つある。それは、今期の面子の評判だ。
聞くところによると、今年は洗練がなかったらしいのだ。
今年度はリーダーシップを発揮しそうな会長有力候補が次々に辞退したらしい。何らかの工作・作為が働いた明確な証拠もとりわけないため、ただの偶然だろう。だが、そんな人達を除いてしまうと、やはり選ばれるメンバーには難が生じる。
悪い噂には事欠かない。例えば、部費や部室の割当てに明確な偏りがあったり、例年の地域祭で生徒会メンバーが乱闘騒ぎになったり―――。もちろん、さすがにそこまでではないだろうが、そんな噂が横行できるほどに陋劣な奴らであることは、認めざるを得ない。
「はぁ…」
ため息をついて、重いドアを開けた。
「よっ、治くん」
「…どうも。篠宮です」
生徒会室に入るやいなや、真正面に鎮座する男。傾き始めている陽の逆光となって、俺を見据える。手を前に出し、歓迎のサインを見せる。
彼が例の三十四代生徒会長である
正直、苦手な人種ではある。無論これは噂なしに、生徒会選挙での様子や普段の様子からの判断だ。
いわゆる、ウェイウェイ系。陽気で誰とでもつつがなく接することができる(と少なくとも本人は思い込んでいる)。周りの迷惑を一切鑑みようとしない人間。
自分とはきっと、似ても似つかぬタイプだ。
「まぁまぁ、座って座って」
「…失礼します」言葉が明確に重たくなる。
「今日は他に誰も来ないからさ。ビクビクしないでよ」
「肩肘張っているつもりはありません」毅然とした口調。
「ちょっと、怖いってw」ひょうひょうとした口調。
「早く本題に行きませんか」
「ああ、そのことなんだけどさ」
声色一つ、汗さえかく様子なしに。日常の延長線上の顔と言葉で彼は伝えた。
「今年で文芸部廃部にするから」
論理恋愛 Hourt @Hourt
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