34. 上七軒
鷹峯は首の皮を切られただけで済んだが、下鴨と共に困惑した面持ちは隠せない。
気配も悟らせずに、前へ後ろへと出現する詠月。
神出鬼没に居所を変える敵へ、後から走ってきた吉田が参戦する。
「おらっ」
「よせ、お前じゃ無理だ!」
鷹峯の制止に耳を貸さず、吉田は扇の影を全開にした。
詠月の背後から、扇が縦に振り下ろされる。
しかし、詠月の剣閃は遥かに速く、下から斬り払われて扇は吉田の手から弾き飛んだ。
「お前らは影から出ろ!」
鷹峯が詠月を突いた機に、下鴨と吉田は一時撤退を図る。
後方へ走り出した彼らだったが、すぐにスピードを落とした。
膝を折った吉田は、這って道路脇へ向かう。
「足が重い、何だってんだよ!」
「烏丸が言ってた月輪だ。早く拾え!」
まだ下鴨は彼より影響が少なく、吉田に肩を貸して影の外を目指す。
何とか影を脱した二人に遅れて、両腕を血まみれにした鷹峯が姿を現した。
「おいっ、斬られたのか!?」
「支障は無い。吉田の扇は拾えたのか?」
膝に手を当て背中で息をしていた吉田が、鷹峯へ扇を振ってみせた。
「あいつの縫い具は月輪じゃねえのかよ。斬ってきやがった」
「あの刀は縫い具ではない。影が纏わり付いているが、普通の日本刀だ」
「普通の、ねえ。そういうのは妖刀って言うんだぞ」
妖刀であれ影刀であれ、詠月の刀捌きは堂に入ったものだったと鷹峯は評する。
影縫いであろうが、武器戦闘に慣れていなければ両断されかねないだろう、と。
それよりもっと厄介なのは、テレポートを思わせる瞬間移動だ。
「烏丸なら分かるかもしれんが……」
「鷹峯の勘でいい、どういう仕組みなんだ?」
「おそらく、あの影が奴の領域だ。詠月そのものと言えるかもしれん」
「あんな馬鹿デカいのが詠月?」
ロクの黒眼も理屈は同じだと、鷹峰は例を挙げて説明した。
無数の像の何れもが虚で、実にもなる。黒影の領域では、どこからでも詠月は攻撃出来るということだった。
「それじゃあ、いつまで経っても縫えねえ」
「さしもの詠月も、あんな領域を展開したのでは動きが鈍くなって当然だ」
「いや、速かったよな? お前も斬られてるじゃん」
「黙れ。御所に来るのに、ノロノロと歩いてるだろう。そこは八坂の花雲に似ている」
彼らが話す今出川御門の前に、他の三人も集まる。
詠月への攻撃は、遠距離から縫える八坂たちがリトライすることとなった。
「まあ任せてよ。元々その計画だったでしょ」
八坂の両脇に上七軒と錦が並び、三人は歩道を東へ進む。
詠月の影に近寄り過ぎないよう警戒しつつ、まずは八坂が露払いを担当した。
「
巻き飛ぶ花弁が円筒を作り、詠月へ向けて水平に伸びていく。
影に穴を空けて人が通る道を作る技術だが、この花洞は子供の背ほどの直径しかない。
錦の矢が、その花のトンネルの中へ撃ち込まれる。
ハンドルをぐるぐると回し、これでもかと矢を連射した結果、厚かった影が大きく凹んだ。
「さあ、お待ちかねの出番よ」
「ふっふーん、見ててよ」
花洞の前に立った上七軒が、蛇刀を両手で逆手に握り、自分の足元へ思いきり刺し込んだ。
のろりと長い胴をくねらせ、黒い爬虫類の影が路面に湧き出る。
御所に来た直後はミニチュア大だった彼の蛇が、今ではもうマムシを超え、南米辺りに棲息していそうな大蛇のサイズだ。
腹一杯の彼が、一匹生んで終わらせるはずがなく、短刀は幾度でも刺し続けられた。
「ヒヒっ、いっけえー!」
絡み合う大蛇の群れは、花の洞穴をガイドラインとして詠月へ這い進む。
ゴールへ到着した蛇は鎌首を持ち上げ、触れた影を手当たり次第に食べ始めた。
蛇たちは肥え太る。
有り余る餌を提供され、歓喜に打ち震えて喰らい続けた。
地に
胴回りは人の腹をとっくに超え、それでも食うことを止めはしない。
あまつさえ荒縄のように絡んだ蛇たちは、溶け合って更に大きな怪物へ成長する。
適当に齧れば主人へ帰る蛇とは異なり、この蛇は際限を知らなかった。
標的を食い尽くして始めて、蛇は後方で待つ上七軒へ戻る。
詠月が膨大な影を浴びせたとしても、餌を与えることになるだけだ。
混じり続けた蛇は遂に一匹へと合体し、薄れた影の中に立つ詠月が
地面から持ち上げた首は、詠月の背丈を軽く上回る。
蛇の巨大さに、当の上七軒が顔を歪めた。
「うへえ、この量はさすがにお腹壊しそう」
「消化薬くらいは買ってきてあげる。ほら、皆で加勢するわよ」
八坂は花洞を解き、詠月に向かって花弁を噴き付ける。
彼女に合わせて、錦も矢を乱射した。
蛇と花と矢、
刃の軌跡が一文字に煌めいたかと思った次の瞬間、大蛇の首が弾けて消えた。
目にも留まらぬ抜刀だったが、首の切断面から新たな頭が生える。
もう一度、首が刎ねられても同じことを繰り返すだけ。
再生した蛇は顎を大きく開き、詠月の肩へ噛み付いた。
「斬ったって無駄だよ。ボクの蛇は死なない」
こりゃすげえ、と吉田と下鴨が口を揃える。
腕組みして観戦する二人とは対照的に、鷹峯は初戦の雪辱を晴らす機を窺って薙刀を強く握った。
詠月が何を思ったのかは、採った反撃方法で推測出来る。
詠月自身は左手を少し持ち上げた程度にしか動いていないが、それに応じて蛇が悶えた。
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