27. 銃撃

 黒花の雲から出た途端、下鴨の左肩に弾が撃ち込まれた。

 急に実体へ引き戻され、うずくまった彼の周りに着弾の土煙が次々と立つ。

 縫われた屈辱と痛みで吠える下鴨を、鷹峯が右腕を掴んで影雲へ引き戻した。

 這って皆のところへ帰った彼へ、ロクが走り寄る。


「くそっ、なんで弾が当たるん――ぐあっ!」


 遠慮無しに傷口を強く押されて、さしもの筋肉男も悲鳴を上げた。


「影が付いてる……黒鋼の弾だ。陽金だったら、やられてたかもな」

「そんな弾があるのかよ」

欠片かけらを集めてた理由が分かったよ。弾にしたとはな」


 銃声がすぐに止んだところからして、弾数を揃えてはいなさそうだ。

 縫う力も弱く、弾の一部に黒鋼を組み込んだだけであろう。

 実弾は素通し可能でも、黒鋼は影縫いであってもその身体を傷つける。これでは一般人と変わらず、最後は射殺されてしまう。


「影を帯びてるから、扇で弾けるけどよ。当たる度にぶん殴られてるみたいだ」

「これじゃ檻の中ね」


 壁を担う二人が愚痴った。

 防御を固めていては、陽鏡を守ることも叶わない。

 敵が西や南に回り込めば、いずれ御所内へ入るだろう。無茶を承知で打って出るしか、手が残されていなかった。

 考えをまとめたロクが、皆に方針を伝える。


「八坂は花を撒きながら移動出来るか?」

「ゆっくりなら。これって結構、消耗するのよ」

「塀を壊して構わないから、壁を張ったまま清涼殿まで後退してくれ」


 進路の確保は下鴨と鷹峯がやると言う。

 左腕を動かすのが難しくなった下鴨も、まだ戦闘に支障は無いと主張した。


 建物の多い御所の中は射線が限定されるため、銃持ち相手でも少しは戦いやすい。

 花雲を安全地帯として出入りしつつ、八坂以外の影縫いが侵入者を各個撃破する。


「俺は北側へ行く。敵の目を引きながら、ちょっと掻き回してこよう」

「気をつけてね」


 ロクの速度なら、銃でも対処しにくい。心配する錦へ、お前が一番不安だと彼が忠告した。


「所詮、銃は直線にしか撃てないが、錦の弓にそんな縛りは無い。敵の正面には立つなよ」

「うん、練習したもんね。やってみる」


 残敵は約八十人、まともな縫い具持ちは見当たらず、詠月の居場所も不明。

 おそらくだが、詠月は深夜を待ってるのだと思われた。

 月輪であっても燃料切れは起こすはずだ。宇治を襲撃し、この大人数を用意した詠月は、きっと影を補充する必要に迫られる。

 主敵が登場するのは、影が深まる二、三時間後くらいだろうか――。


 鷹峯の薙刀が、漆喰の白壁を突く。

 穴開け作業が始まったのを横目に、ロクは北向かいの木立へ走った。

 花びらのベールから出た彼へ、またもや銃弾がバラ撒かれる。


 瞬いた銃口、発射音、弾から伝わる微かな影。感覚を研ぎ澄まし、敵意の方向を見定めた。

 連中は木を遮蔽物にして、北側に散開したようだ。


 ロクは左右へ急転換を繰り返し、ジグザグに走路を変更して狙いを絞らせない。

 それでも風切り音が耳の近くを通り過ぎたのを受け、さらに速度を上げる。

 ロクの影が滑らかに尾を引き、黒いカーテンが木々の間に立ち現れた。


 どうせ縫うなら狙撃者がいいと、彼は銃声がした木陰を狙う。

 一瞬、半身を覗かせてた敵を認めたロクは、真横に滑り動いて射線から外れた。

 弾は虚像を、彼が作る過去の影を貫く。


 人が纏う影は、その身体を包むオーラのようなもの。木の幹で肉体は隠せても、はみ出した影が溢れこぼれる。

 相手の背後まで取らなくても、木の裏にいると知れれば鳶口は届いた。


 コナラの樹皮を掠めて、黒鋼のくちばしが地面へ刺さる。

 ぐらりと陰から倒れ出た男の胸を、ロクは鳶口の頭端で突いた。

 右手を前方に伸ばす縫い締めのこのポーズが、銃を前にしては危険だった。


 高速で実体を眩ませるロクも、縫う刹那せつなは静止する。

 コンマ数秒という計測も難しいその瞬間を狙って、彼の左右から四発の弾が撃ち込まれた。

 再加速が間に合い、着弾した先で木屑が弾ける。

 連携の良い攻撃には、彼も感心しないわけにいかない。


 敵の一部は木立を出て、御所の北塀に取り付いていた。役割分担が明確な証拠だ。

 敵対する存在を洗い出す斥候、影縫いに対処する狙撃係、御所内部を目指す本隊。誰かが縫われたら、すかさずそこへ弾を撃つのも玄人臭い。

 銃種には詳しくないロクだが、彼らが持つアサルトライフルが軍用なのは知識にあった。


 こいつらはプロだと、ロクは口を引き結ぶ。

 影縫いの特性にはやや疎く、斥候の動きは酷いものだった。だが、集団戦闘を本職としているのは疑いようがない。

 砂利道へ引き返し、御所へ侵入し始めた者に目標を定める。


 猿が辻の壁は大きく崩れ、中をゆったりと南下する花雲が見えた。

 錦たちが清涼殿に向かうのは予定通りなものの、新たに生まれた入り口に敵も気づく。

 緩い円に並ぶ六人単位のグループが三つ。

 先頭の一団は、周囲を警戒しながら塀の奥へ入るところだった。


「十一時に影!」


 軍式の号令と共に、後続グループの銃が火を噴く。

 横移動では避け切れないと見たロクは、斜め前方へ高く跳んだ。

 照準を散らして撃つことを学んだらしく、微妙な着弾のズレが鬱陶しい。


 翻ったコートの裾に弾が当たり、影が引かれて体勢がれる。

 空中はスピードが落ちると分かっての回避、この程度は彼も折り込み済みだ。


 着地の勢いで体を屈め、すかさず地面を蹴って蓄えた力を放つ。

 敵が引き金を絞るより早く、ロクの影が一気に塀の際まで駆け抜けた。

 軌道上に並んでいた二人は、鳶口に腹の肉をえぐられ沈黙する。


 ロクは塀を使って跳ね返り、鳶口のくちばし近くに握りを変えた。

 敵に張り付くような位置取りで、一人ずつ下鴨ばりの近接戦を仕掛けていく。

 剥き出しの首を、手首を、顎下を刈り、動きを鈍らせたら次の標的へ。

 味方を撃つ恐れから、敵も援護射撃はやりづらい。


 二班、十二人を縫ったロクは、先に塀を越えた者たちへ視線を向けた。

 追撃は不要だと分かると、また彼は敵を求めて疾走する。


 御所内に踏み込んだ六人は、黒い蛇に群がられて転がり果てていた。

 蛇刀、上七軒。

 名前は刀でも、全長十五センチほどの縫い具には刃も無く、柄も無い。

 くねくねと曲がる蛇を模しており、武器に使えそうなのは尖った尻尾くらいのものだ。


 蛇刀は斬るのではなく、その尾を自分の影に刺して使う。

 影は蛇となって対象を襲い、相手の影を食らうとまたあるじへ戻る。

 上七軒の空腹も、ここからは存分に満たされるだろう。

 腹一杯食っておけと、ロクは蛇使いの少年に心で呟いた。

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