26. 接敵

 塀を越えて来た者たちが、ロクの探知した影で間違いなかろう。

 北と東から侵入する影落ちは、百を超える。


 全力で仲間の元へ走りながら、ロクは頭をフル回転させた。

 百も縫い具を持たせられない以上、敵の武器は半端物だ。明日香で回収した熊手が思い出される。

 であれば、この人数差でも勝機は十二分にあった。

 あまり嬉しくない乱戦になろうが、全員を縫い落とすのは可能である。


「敵は百以上、片っ端から縫え!」

「あらまあ」

「ボクも頑張らないと」


 八坂が笑みすら浮かべ、ハンドバッグを開けた。

 うんざりした顔の下鴨に比べ、出番が早まった彼女と上七軒は楽しそうに見える。ここは頼もしいと言うべきか。

 同士討ちを懸念した下鴨が、縫い具を用意する二人へ振り向いた。


「後ろから縫うなよ」

「あら、失礼しちゃう。でも当たったら許してね?」

「悪い冗談はやめてくれ」


 下鴨の右手には、二本の長い爪が生えた手甲が嵌まる。

 連爪甲れんそうこう、暗殺に向いた接近戦用の縫い具だ。


 砂利を踏み荒らす音が近づいたのを認め、彼と鷹峯が前に出た。

 黒刃の薙刀を下段に構えた鷹峯が、並ぶ下鴨へ警告する。


「俺の間合いには気をつけろ。入れば斬る」

「こんなヤツばっかりかよ……」


 東から直進してきた一団が半分、二人はそちらへ走り出した。

 ロクと吉田が、北から来るもう半分へ向く。

 不安を丸出しにした声色で、錦はロクの背へ指示を求めた。


「私はどうしたらいい?」

「好きに撃ちまくれ。当たる味方がボンクラだ、気にすんな」

「分かった!」


 いくらか元気を取り戻した彼女に、八坂が妖しい目を光らせる。


「こんな親切な烏丸は、初めて見た。妬けるわねえ」

「えっ、そんなんじゃ……」

「さ、集中しましょ。私は東を援護するわ」


 彼女の縫い具は黒花瓶かへい、花を活ける小さな鋼の壺だ。

 真ん中が軽く膨らむ円筒型で、口はそれ自体が花の如く五弁に開く。

 花瓶を東に掲げた八坂は、敵の第一陣を見据えた。

 まずは十人くらいか。五十メートルを切るほどに近づいた影落ちへ、鷹峯たちが斬りかかる。


「咲きなさい、影花」


 弓には及ばずとも、彼女の射程もかなり長い。

 花瓶の口から、無数の細かな影が噴き出す。鉄砲水を思わせる勢いで、黒い花弁が敵の頭上に降り注いだ。


 花弁はデタラメに撒かれたようでいて、八坂の意志を正確に反映する。

 現に激しく立ち回る鷹峯と下鴨には、一枚たりとも黒花は触れなかった。

 花を模した影とは言え、軌道は水飛沫に似て滑らかで、一枚一枚が刃の硬さを宿す。

 地に刺さった花びらが影落ちを縫い、その動きを封じた。


 あえぐ男たちの影を下鴨の爪が裂き、鷹峯の薙刀が真横に両断する。

 十人は瞬く間に縫われ、痙攣しか出来ない木偶でくとなって転がった。


 一方、ロクは同じく十人を相手にして一歩も退かず、男たちの間を縦横にすり抜ける。

 吉田にも残像を追うのが精一杯の高速移動に、敵が反応出来るわけがあるまい。

 最前にいた男の背を縫い、尻を蹴って錦たちへ送り込む。

 続く男の腹へ鳶口を突き立てたロクは、右に引き倒して宙へ跳んだ。


 手加減の無い本気の攻撃に、裂けた腹から血潮が噴く。

 殺意を持つ相手に対し、彼の反撃は甘くはない。

 敵は全員が黒っぼい作業服を着て、ちゃちな熊手やナイフを握っていた。明日香で会った男とほぼ同一の装備である。


 着地と同時に、振り下ろした鳶口が三人目の頭を砕いた。

 くちばしが刺さったまま膝を折った男は、ロクに振り回されて砂利の上を滑って行く。

 四人目の足を刈り、五人目は下から顎を打ち上げられて後方へ吹き飛んだ。


 縫い留められた者どもは、錦の矢が順にトドメを刺す。

 ロクはもう一段階加速して、残る五人へ鳶口を打ち込んだ。

 右、左と旋回して敵の周囲を移動しつつ、上から、下から。

 鳶の群翔ぐんしょう――彼にすれば単なる連打に過ぎないこの攻撃にも、いつの間にか名が付いた。

 多数の鳶口が、一斉に襲い掛かったようにしか見えないからである。


 最後の一人が崩れ落ちると、ロクは鳶口を斜め下へ振り抜いて血を払った。

 吉田が呆れて声を上げる。


「一瞬で十人かよ。俺はいいけど、上七軒が不満顔だぞ」

「おかしい、手応えが無さ過ぎる」


 数だけ揃えればいいと、詠月が片っ端から影に落として配下に加えたのか。

 いや、使い捨ての斥候だとするとこいつらの役目は――敵の思考を察し、ロクが叫ぶ。


「防壁を張れ! 急げ!」


 吉田と八坂が、即座に反応して縫い具を掲げた。花瓶から猛烈な勢いで花が湧き、東側を影の雲で覆う。

 黒花こっか繚乱りょうらん、影も光も吸う極厚の制圧技だ。


 対して北側、吉田が使うのは黒鋼の鉄扇てっせん

 広げた扇は影を伸ばし、何倍にも大きく成長する。

 濃密な影の半円を形成し、これで敵を斬るのが彼の縫い方だった。

 今はその扇を垂直に持ってしゃがみ、攻撃を防ぐスクリーンとして使う。


 斥候は彼ら影縫いの位置を把握するために現れたと、ロクは考えた。

 場所が分かれば、遠距離から攻撃してくる――例えば、鹿苑寺が。


 だが御苑に響いたのは鏑矢かぶらやの異音ではなく、影縫いには耳慣れない発砲音であった。

 パンパンと乾いた銃声が、攻防の第二幕を告げる。


 銃弾は影縫いに有効なのか。

 不意を打ったならともかく、ロクたちのレベルが影に紛れれば、弾は身体を素通りするだろう。

 ナメてるのか、と下鴨が怒り、八坂の庇護から飛び出したのも致し方がない。

 ただ彼は、一度後方へ退しりぞき、吉田と八坂の顔が苦痛に歪むのを見ておくべきだった。

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