20. 殲滅

 狙いが甘く、一撃必中とは行かないのが幸いだろう。

 連射間隔も空いており、ロクなら何とか迎撃も可能だ。

 彼は錦の前に立ち、他の面々へ指示を叫ぶ。


「走れ! 的を散らすんだ!」


 四つ目の矢は、怪鳥の鳴き声を唸らせて深草たちへ向かった。

 バンから照射されたメタルハライドの眩しい光が、三人の影縫いを照らす。

 太陽に近い光線で影矢の威力を弱める、その阿東の試みは間違ってはいない。


 しかしながら、鹿苑寺の威力はスポットライトを貫き、深草と山ノ内が被弾した。

 残る北野は刀のように棍を両手で握り、仲間を追撃する矢を待ち受ける。

 考えず、ただ反応すればいい――無想の影で迫る影を打つ。

 何もロクの専売特許ではないという北野の覚悟が、食い縛った口から窺い知れた。


「阿東、今は何時だ!」

「四時……四十二分、もうすぐ日が昇る!」


 七月のこの時期、五時にもなれば空はしらむ。

 既に真夜中の闇は薄れつつあった。

 陽光の下では影が溶け、こんな威力の矢を届かせるのは不可能だ。


 この時ロクは、敵は新聞社を餌にして影縫いを待ち伏せたのだと考えた。

 一方的な遠距離攻撃で、詠月の邪魔になる影縫いを減らそうとしたのだと。

 実際、深草は昏倒し、山ノ内もかなりのダメージを受けたようだ。


 だがあと二十分、いや十分も凌げば、被害は最小に抑えられよう。

 狙いの大雑把な矢如きに射られてたまるかと、ロクも鳶口を握り北を睨んだ。


 五発目の矢は大きくコースを外し、彼らがいるずっと手前に落下する。

 助かったとは、とても言えまい。

 これまで手加減していたとでもいうのか、連射速度を上げて三叉の矢が次々と飛来した。

 軌道は全て同一、新聞社ビルを鹿苑寺の影が蹂躙する。


「クソがっ、全員ビルから出ろ!」


 阿東の指令は無駄に終わった。

 影縫いですら、軽くかすっただけで足を留められた矢だ。

 常人で構成された局員は、ビル壁を無視して貫通する影に晒され、一分後には皆とも意識を刈り取られた。


 悲鳴すら上がらず、どのモニターにも倒れた局員が映す床が並ぶ。

 こちらこそが鹿苑寺の狙いだったと考えるべきだ。

 宇治本部で局は二十四名を失い、ここでまた二十二名がリタイアした。

 公安部特殊事案対策局は、実動隊の八割を殲滅されて機能を停止する。


 矢襲は止み、東の空に太陽が頭を覗かせた。

 バンの傍らに立った阿東は、ビルと朝日に目を遣ったあと、拳で車体を殴りつける。

 悪意を剥き出しにした影に、人間はいつも無力だった。

 千年を経ようが、何も変わりはしない。


「これから、どうするの?」


 錦に返答する代わりに、ロクは鳶口を北へ向けた。


「追うってこと?」

「影は影縫いが始末する。いつもと一緒だ。お前がどうするかは、自分で決めろ」


 迷いの無いロクに比べて、今度ばかりは彼女も返答に逡巡した。

 強大な相手に自分は通用するのか。足手まといになるのでは。

 何より、命を賭す意義はあるのか。


「悩むなら、引き返した方がいい。弓を持たずに過ごせば、今ならそのうち影も薄れる」

「なんでロクは影を縫うの? 詠月を追う理由は?」

「理由なんて無い。俺はこれしか知らんし、他の生き方を知りたいとも思わんだけだ」


 錦が納得の行く答えではないだろうが、ブレ無い指針に彼女の気持ちも固まった。

 もう少し一緒にいたいと言う彼女から、ロクは黙って視線を外す。


「ロクは信用できる、と思う。私も他にいないもの、頼れる人なんて」

「好きにしろ」


 鳶口をコートの下に隠したロクは、無線で指示をわめき散らす阿東へと近づいていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る