19. 怪鳥の声

 退屈を持て余し、ぼんやり計器を眺めるしかない錦を加えて影縫いは五人。

 敵の気配は無し。


「局長、礼状が出ました」

「よしっ、捜索にかかれ!」


 ビル正面の玄関と、守衛のいる側面の通用口へ分かれて、総勢二十余名の局員が走る。

 戦闘にはならんだろうと言う阿東へ、ロクは再度注意を促した。


「ビルの中に人が多い。影は薄いが」

「新聞社なんだから、夜勤がいてもおかしくはないだろう」


 明日香の陽動は春日に繋がり、宇治への強襲を成功させた。そして今は伏見のビルを捜索すると言う。

 この流れが、どうもロクの気に障った。


 モニターには、守衛を説き伏せてドアを開けさせる局員たちが映る。

 強力なライトを照らして少しでも影を払いながら、彼らはビルの中へなだれ込んだ。

 皆からの報告は、スピーカーから垂れ流される。


『一班、一階を確認。無人です』

『二班、二階に到着しました。編集室に昏睡者が一名、搬送準備をお願いします』


 ロクは車を飛び出し、斜め前方に建つ本社を見上げる。

 右手を掲げた彼は、もう一度影をビルへ届かせた。


「誰も動いてない。阿東、一度皆を退却させろ!」


 明滅するような弱い影の群れを感じ、全社員が昏睡させられているのでは、と想像する。

 罠という単語が、ロクの頭の中で警報を鳴らした。

 駆け寄った錦が、ただ事ならぬ雰囲気に血相を変える。


「中に詠月がいるの!?」

「いや……しかし既に襲撃済みだと思う。俺が行くから、局員を待機させるように阿東へ言え」

「う、うん」


 彼女が車へ戻るより早く、阿東から承諾の返事が来た。

 現場の局員が持つ式紙は、ロクの探知と同様に影を映してはいない。

 だから安全と言うには、詠月の、月輪の能力が未知に過ぎる。


「局員は二階に留めた。烏丸は上階の様子を探ってくれ」


 バンから降りた阿東は、そこまで告げておいて、待てと言う。

 怪訝に振り返ったロクの前に、三人の影縫いを乗せた車が停止した。彼らと一緒に行動しろということらしい。

 最初に降り立った深草が、短い鉄棍てっこんで本社ビルを指す。


「あそこに野郎がいるのか?」

「襲われた後だ。安全確認に行く」

「なんでえ、雑用かよ」


 後ろに続く山ノ内と北野も、長さの違う棍持ちだ。縫い具が似ているからか、三人は影縫いでは珍しく組んで行動することも多い。

 ガラは悪いが陽気な男たちで、ロクの苦手な人種ではある。

 五人で手分けしてビルを回ってほしいと阿東に言われ、皆が一歩踏み出した時だった。


「左右に散れ!」


 怒鳴ったロクは、錦の手を引いて横へ跳ぶ。

 高速で接近する一筋の漆黒。自動車やヘリを軽く上回る強烈なスピードである。


 ひゅうっと尾を引く奇怪な叫びが、暁の空を切り裂いた。

 遅れてロクとは逆方向へ跳んだ深草をかすめ、影は通りの遥か後方へ消えて行く。


「なんだあ!?」

「次が来る、避けろ!」


 直撃は逃れた深草は、しかし、ほんの少し自分の影を削り取られた。

 動きを鈍らせた彼を、仲間二人が両脇を抱えて引きずる。

 二発目は彼らが乗って来た車へ当たり、運転席からくぐもったうめきが上がった。

 打った膝をかばいながら、錦が弓を構えてロクに問う。


「どこから攻撃してるの?」

「北だ。探知の外、二キロ以上先から撃ってる」

「ええ……?」


 三発目、先より少し上方を飛んで来た影は、ロクを前にして三つに割れた。

 錦の真正面に向かった一つを、鳶口が叩き落とす。


「すごいっ」

「馬鹿野郎、感心してる場合か! 避けるのに集中しろ」


 遠方から放ち、当たった対象を縫う影矢。原理は錦の弓と同じだが、威力も射程も桁が違う。

 五年前に強奪された縫い具は三つあった。松原の独鈷杵、銀林の大太刀、そして――。


鹿苑寺ろくおんじだ。強弓で狙い撃ちされてる」

「そんな、二キロも届く弓って!」


 黒鋼の弓は、六町を射抜くと伝えられる。

 約六百メートルという縫い具最長の遠距離攻撃、その大概な射程を更に超えるには、如何いかほどの影を纏えば可能なのか。

 ロクもにわかには信じられなかったが、三方向に割れる矢を見ては認めるしかない。

 三叉さんさ嚆矢こうし、鹿苑寺特有の技であった。

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