17. 掟破り
訓練と検診を繰り返した詠月は、縫い具を持たない影縫いとして入局する。
「掟破りか。素直に縫い具を渡した方が、いくらかマシだ。いずれ破綻する」
『私は反対したが、上は研究に
「で、結果は暴走じゃなあ。つまらん真似しやがって」
五年前に監視下から逃げた詠月は、三人の影縫いを殺して行方を
念願の縫い具を入手した、と考えるには、殺した人数が多い。
「三人で済んでないだろ?」
『それは推測に過ぎん。最近になって、影縫いの死亡率が高くなったのは事実だが』
「詠月の殺し方が上達した、違うか? 月輪に熟練したんだ」
『そう……かもな。月輪を持っているのは、今夜判明したことだ。分かっていれば、局員の接近は禁じていた』
長らく所在が不明だった月輪、それをどうやって見つけたのかは謎だが、そこが今の問題ではない。
最終的に昏睡した局員は二十五人となり、影縫い二人も脳死の判定を受けたと言う。
悪意を以って縫い具を振るう者が現れた、これが最大の懸念事項だろう。
『詠月の目的は我々も知りたい。私からも質問させてくれ』
「なんだ?」
『深い影に落ちた挙げ句に、精神を病むことはあるのか?』
「影落ちってのは、そういうもんだろ」
『言い方が悪かったな。影に落ちた者が、人間を恨むことはあるか?』
無い、とはロクにも言いにくい。
伝説にはそんな先例が山ほど記述されているし、影落ちが前後不覚になって人を襲うのもよく目にしてきた。
「詠月は無差別に人を恨んでいると?」
『それくらいしか、動機が思いつかん』
「何とも言えないな。ただ、月輪の影は心を落とすと言われてる。所有者にも影響はあるかもな」
詠月の心持ちは、まだどうと推し量れる段階にはない。
影縫いに敵意を持っているのは、間違いなさそうだ。
月輪に関しては、少し判明したことがあった。
洗脳効果とでも言えばいいのか。安置所の金庫は、影を浴びた管理者三人が自ら進んで開けたらしい。
何かと破格の縫い具に、阿東の声にも焦りが滲む。
『やられっ放しでは終わらせん。ここまで大きな事件になれば、警察も堂々と動かせる。ヘリや確保した連中から辿れば、詠月の組織も見えてくるだろう』
「刑事捜査はあんたの仕事だ。俺に興味があるのは、盗られた縫い具だな」
『詠月を追うことには変わりなかろう。協力してくれるな?』
「詠月も影縫いである以上、ケリはつける。アンタたちこそ、無理して俺の仕事を増やすなよ」
現役の影縫いたちへ事態を伝えるため、既に局員が各地へ飛んだ。
この機に近畿へ来るよう頼むらしいが、ロクにはあまり良い考えには思えない。
数を揃えても質が伴わなければ、被害を増やすだけであろう。
どちらにせよ、詠月が暴れれば他の影縫いたちは自然と集まるだろうが。
対抗策を講じるにもっと情報が欲しい彼は、今すぐ宇治へ向かうことにした。
いくつか頼み事を伝えて、阿東との通信を切る。
話を聞いていた伊関は、局の車で送ると申し出た。
自動車を使うのを嫌がり、返事を
「おい、俺は徒歩が基本――」
「行く先々で揉める気? 局員さんと一緒なら、スムーズに移動できるじゃん」
「それはそうだけど……。お前はまだついて来るのかよ」
「聞きたいことが山ほどあるから。車で教えて」
駆け出しには難しい話題だったとは言え、彼女にも詠月の危険性は伝わったはず。
それでも積極的に関わろうとするのは、肝が据わっていると言うか、怖いもの知らずと言うべきか。
新人時代の自分はどうだったかと、古い記憶を無為に探りつつ、ロクは会議室を後にした。
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