14. トリプルレッド

 独り残ったロクは、未だ燃えるヘリに近づき、瓦礫と化した機体に目を凝らした。

 裏倉から奪った品があるはずだと、半ば焼失した背嚢を鳶口で掻き出す。

 この作業を始めてまず、先代から一気に若返った錦が山を下りてきた。


「私は、あの、影を射なきゃって思って……」

「上出来だ。何か不満か?」

「これでよかったの?」


 彼女が無我夢中だったのは、想像に難くない。影落ちを殺してしまう可能性も覚悟はしていただろう。

 しかしながら、実際に無残な墜落現場を目の当たりにし、虫の息な連中と対面すると顔も強張る。

 影縫いは影のみを排除する正義の味方などと、決して言えやしない。


「人をあやめるのがイヤなら、今からでも弓を手放すべきだ」

「大丈夫……。私は平気、だと思う」


 捨て転がされた男たちから顔を背け、錦は焼けた背嚢へ視線を落とす。


「これ全部、黒鋼?」

「裏倉から奪ったものだ。奈良で発見された遺物だが……」


 鳶口で布を裂き、黒鋼の塊を散らばせて中身を確かめていく。

 二つあった背嚢はどちらも黒鋼で一杯で、裏倉の在庫を総浚そうざらえしたようだ。

 白いボトルには、ロクも見覚えがあった。明日香で回収した黒鋼は、容器に納めたまま裏倉へ放り込んでいたらしい。

 だがそうなると、重要な物が足りない。


「縫い具が見当たらないな」

「盗まれたってこと? まだヘリの中にあるとか」

「いや、矛なんかは在れば目立つ。最初からここには無かったってことか」


 裏倉はあくまで臨時保管所なのだから、縫い具が移送されていても不思議ではない。

 ただ、直近の熊手まで無いのは、昨日今日の内に移したということ。襲撃を予想した阿東が、万一を恐れて隠したのか。

 詳細を確認しようとスマホを取り出したロクは、未だ通話が規制されていると知って苛立つ。


「おい、メールで問い合わせてくれ。松原の様子も気になるのに、局の出動が遅い」

「ん、了解」


 しばらく画面をフリックしたあと、彼女も首を捻った。


「負傷者がいるのを伝えたけど、返事が来ないね。ロクからも要請してみたら?」

「嫌いなんだよ、メールは。まったく……」


 ぶつくさ言いつつもメッセージを送って一分後、二人のスマホが全体連絡を受信する。


 “警戒レベルは最高度を維持。通常交信、司令部への出入り、他組織との接触は全て不可。負傷者はその場で待機されたし”


 解説を求めた錦に対し、ロクはお手上げのポーズで応えた。

 禁止事項が並ぶ通達を、局ではトリプルレッドと称する。

 阿東のいる本部を急襲されたかと、ロクは最初に予想した。その場合、真っ先に彼らへ救援要請がされないとおかしい。


 何が起きたのか、その一端は西の空に出現した。

 棚引く黒煙が星を隠す。

 木が衝い立てになり下の様子は窺えないが、大きな火の手が上がっているようだ。

 やがて消防のサイレンが届き、火災の発生が確定した。


 少ない情報に不満を募らせながら、二人は結局十五分も山中で待たされる。

 焦れたロクは松原を見に出向き、帰ってきたところでやっと局の救急要員が到着した。

 彼らが歩いて来たのは、正式な接近ルートである南側の獣道だ。

 全部で六名、担架は二つ。これでは往復しないと全員を運べない。

 リーダーらしき局員へ詰め寄ったロクは、事態の説明を要求する。


「ここから百メートルほど先に、もう一人倒れている。人数は伝えたはずだが?」

「人手が不足しているんです。薬師寺と興福寺に放火されました」


 ヘリが春日山へ飛来した直後、街には二十人以上の不審者が自動車やバイクでバラバラに突っ込んで来たと言う。

 全員が縫い具も持たない弱い影落ちだったため、何なら局員が制圧することも可能だったが、阿東はこれを躊躇ためらった。

 狙撃はあくまで強敵相手の最終手段、街中での発砲はそう安易に許可を出せるものではない。


 影落ちには集まっていた五人の影縫いが対応し、そのことごとくを縫い仕留める。

 残念ながら二つの寺院は大門や鐘楼が炎上したものの、被害は最小限に食い止められたと言ってよい。


「街中を優先して処理してるのか? 隠蔽したいのか知らんが、こっちの方が重要度は上だろ」

「いえ、それが……」


 これ以上話す権限が無い、と局員は言葉を濁す。

 らちが明かないと見たロクは、阿東に直接聞くため、司令本部へ向かうことにした。

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