第142話 入店
会場となったお洒落なレストランのドアを開けると、カランカランとベルの音が俺たちを出迎えた。
音に次いでやってきた景色は、見たことのない人たちから親の顔より見た人まで、多くの人が話し合っている姿だった。
余りに楽しそうに話していて、俺たちが入ってきたことに誰も気づいていないのではないだろうか。
「あれ、もう始まっているじゃないですか」
後ろからひょいっと顔を出した愛奈は、その光景を見て気まずそうな顔をした。
「まぁ、遅れてきたからな」
「えっ、主催者が遅刻?」
「違う違う」
俺の方に眉をひそめた顔を見せた愛奈は、露骨に『正気か?』と目でも雰囲気でも伝えてくる。
俺も誤解されては堪ったものじゃないので、すぐに手をブンブンと振った。
「あまりに参加希望者が多いから、前半と後半で分けたんだよ。そっちの方が色々な人とゆっくり話せるかなと思って。で、その後半が今ってわけ」
「へー、よく考えられてますね。ていうか結局、大規模じゃないですか!」
「そうか? まぁ、個人差がありますっていうやつだ」
愛奈はまだぷりぷりとしているが、一応納得してもらったので、俺は会場を見渡した。
会場の内装は、木材を活かして温かみを出しており、非常に話しやすくゆったりとした空気を作り出していた。
それだけでなく、中心のテーブルに置かれた食事もとても美味しそうで、もくもくと出る蒸気が食欲を湧かせている。
きっと、直接的ではないにしても、この会場がここにいる人たちの気分を上げてくれている。
うん、ここを会場にして良かった。
一つ目の心配点は、無事に解決した。
なんて胸を撫でおろしていると、たくさんの人に囲まれて蜂球のようになっている集団が目に留まった。
「あら賢太、随分な重役出勤ね」
俺が他のことに意識が言ってるなんて関係なく、隣から皮肉が飛んできた。
まさかパーティーの参加者との一声目が、こんなに鋭いなんて。
こんなことを言うやつは知っている限り一人しかいないが、確認するために発言者がいるであろう方を向く。
「何よ?」
そこにいたのは、予想通り紗季だった。
紗季だったのだが、少し目を見張ってしまった。
というのも、前回会ったときとは違って髪が下ろされており、口調もいつものクーデレ仕様。
見慣れた姿に親近感を覚えるものの、まるで告白なんてなかったかのような態度に驚いてしまう。
あれから初めて顔を合わせたので、どんな対応になるのかドキドキしていたのは、どうやら俺だけだったらしい。
「……」
「だから何よ。変な賢太ね」
俺が無言で見つめ続けると、紗季は照れることもなく持っていたウーロン茶に口をつけた。
そのウーロン茶はかなり量が減っており、数十分前から来ていたのだろう。
「さ、紗季、もう来てたんだな。あは、ははは」
いざ話してみようとしても、告白された記憶が頭に残ってうまく紗季と会話ができない。
目も合わせられないし、口も重くてよく動かない。
そして何よりも、どこか後ろめたい気持ちが俺を抑圧する。
「……?」
俺の圧倒的なコミュ障具合に、紗季が怪訝な目をし始める。
そりゃそうだろう。
数日前までは平然と話していた相手が、おかしくなっているんだから。
もう誰か助けてほしい。
俺がそう願った時、後ろで俺の腕を握っていた愛奈が動いた。
「あら有峰さん、ごめんなさいね。賢太くんは私と賢太くんの家で支度していたら遅くなっちゃって」
「……(イラッ)」
「男子と女子が一つ屋根の下にいたら、やらなきゃいけないことが多くって……。有峰さんなら分かるでしょ?」
「……(イライラッ)」
愛奈は俺の隣いるという地の利を得て、今までに見たことがないほどの嘲笑で紗季を煽る。
紗季も紗季で、いつもなら気にしないであろう挑発を紗季受け取って、貧乏ゆすりを大きくしていった。
「……いつまでそうやって賢太の腕を掴んでいるわけ? 染井さん、離しなさいよ」
「嫌ですよ。ほら、私って賢太くんと一心同体じゃないですか? だから離れられなくって」
「そんなわけないでしょ……! ほらっ、離しなさいよっ! そこまで許した覚えはないっ!」
珍しくムキになった紗季は、俺と愛奈の腕を掴んで離させようとする。
「きゃ~、暴力反対です~」
「いいからっ!」
それに敵わず引き離された愛奈は、そのまま逃げるようにして会場の奥に向かう。
「こわい~、誰か助けて~」
「待ちなさいっ。話を聞かせてもらうわよっ」
紗季も紗季もそれで許すわけでなく、トムとジェリーのように追いかけて行った。
「……あれー」
そしてその結果、俺は一人取り残されてしまった。
大学受験に失敗したら、車いす美少女と仲良くなった little bear @little_bear
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