第141話 道すがら
結局、愛奈は数日間にわたって篤い看病続けた。
その甲斐甲斐しさは、私は完璧な良妻賢母だとまじまじと見せつけてくるようで、ぐっと心に来るものがあったことを覚えている。
実際問題、たびたび入る猛烈なスキンシップを除けば文句がない生活で、おかげさまで風邪もすぐに治った。
そうして、てんやわんやな生活を送っているうちに、この日が来た。
◆◇
夕日がビルに沈んで、世界より一足早く夜になったこの町を歩く。
橙色に染まった空からグラデーションに暗くなった地上を照らすように、外灯がパラパラと光りだす姿は星のように幻想的だった。
「今日の退院パーティーって、誰がくるんですか?」
そんな景色を味わうようにして地面を踏みしめていると、隣を歩いていた愛奈が持っていたスマホから視線を外して疑問を投げかけてきた。
『歩きスマホは危ないだろ』と注意したのだが、『賢太くんの腕を掴んでいるから大丈夫です!』と返されたのでどうしようもなかった。
「えーっと、凛は主役だから当然として、その親でしょ、友人、あ、あと病院の関係者たちかな」
「あれ、もしかして結構大規模ですか?」
俺が指を折り曲げて招待した人を数えているのを見て、愛奈がまん丸い目を大きくさせた。
そんなに規模がでかいものではないと思っていたのだろうが、その考えは当たっている。
「いや、これだけだから、そうでもない」
「よかったー。でも、よくそんなに人集められましたね。阿瀬さんの友達まで、高校生ですよね」
「阿瀬さん? ……えっと、まぁ、頑張って集めたけど、俺一人の功績じゃないからな」
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう、流石に俺一人では無理だったよ」
愛奈の発言を聞いて、俺はパーティー計画時の苦い経験を思い出す。
凛にはサプライズであるため何も言うことはできないというのに、凛の知人を集めないといけないという条件が厳しかった。
会いたくもないあのおじさんにまた会ったり、高校生の下校時間を待ち伏せしたりと、若干犯罪臭がぬぐい切れないこともした。
ただ、苦労した分、今日のパーティーの楽しみになっているのも事実。
久しぶりに凛に会うのもあって、数日前からそわそわしていた。
「でも、こんな大掛かりなことを一人のためにやるなんてねー」
「なんだよ……」
「服装も結構気合入ってますしねー。あ、シャツの第一ボタンは開けた方がかっこいいですよ」
「お、おう」
そう言うと、愛奈は俺の前に回ってシャツのボタンを開ける。
愛奈との距離が近づいて少しドキッとさせられて、思わず顔を逸らしてしまった。
「はい、できましたよ。やっぱりかっこいいですね、賢太くんは」
「からかうなよ」
「ふふふ、あっ、そういえば」
ボタンを開けた手をひっこめることなく、愛奈はそのまま手を軽く首に添えた。
そうして笑顔を張り付けて……
「好きなんですか?」
「え? なに?」
「阿瀬さんのこと」
「……」
「私、お妾さん制度は容認してないし、して一人だけですよ。え?」
きりきりと音を立てるように首を絞めてくる愛奈の目は、この世のものとは思えないほどに光を吸収していた。
俺は愛奈に恐れを覚えながらも、優しくタップして開放するように伝える。
思いっきり街中で殺人未遂事件を起こされた。
「そんなんじゃないって」
「じゃあ、もし告白されたらどうするんですか?」
「そんなことありえないよ」
そんなありもしないことを考えるのは時間の無駄、というよりばかばかしいと思った俺は、考えるまでもなく愛奈のもしもの話を切り捨てた。
「ふーん……」
「なんだよその含みを持った笑みは」
「べっつにー」
そうして愛奈は、俺を置いて会場へと駆け出した。
それを別に追いかけることもなく、速度を上げることもなく、俺はただ、交通事故に遭わないようにと思いながらゆっくりと足を動かした。
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