異世界転生チートでハーレム

 俺は俺が好きだ。

 俺には文学か音楽かアートかなんかよくわからんけどすごい才能があって、それで歴史に名を残し、すごい美人でエロい体で性格も良い女に愛される人生を送る。だって才能あるから。

 だから俺は世界を変えるような小説が書けるし、それは誰もが驚愕するような書き出しで最初っからめっちゃ面白い。もう革命で宇宙なんよ。


 だめだ。


 俺はここで文章を全選択して削除する。

 つまらない。こんな書き出し、誰も読みたくない。

 もっと醒めない夢で、SF感があって、セクシーな文章を書かなくては。セクシーな文章ってなんだ? なんだよ、それ。意味が分からない。性的なことを書けばいいのか?

 彼女は跪いて俺の怒張したペニスを……違う、そうじゃない。違う違う、そうじゃ、そうじゃない。

 鈴木雅之の「違う、そうじゃない」を誰かがカラオケで熱唱していた、その夜を俺は思い出している。その夜、真帆子ちゃんが珍しくカラオケに来ていて、彼女は歌下手だからやだって言ってたのに隣に座ったカオリの押しに根負けして、カオリと一緒にRADWIMPSを歌った。俺はRADWIMPSの曲は『前前前世』しか知らないんだけど、真帆子ちゃんとカオリが歌ったのは『前前前世』じゃなかったから俺には分からなかった。ちょっぴりエッチな歌詞で、真帆子ちゃんは本当に全然歌が上手くなくって、それに俺はグッと来てしまう。

 こういうのがセクシーな文章か?


 違う。

 こんなんじゃ一向に物語が始まらない。

 物語はもっとスムーズに始まるべきなのだ。みんなスマホで通勤電車の暇つぶしとかで読むわけだし、ページを開いて最初の数行で主人公が異世界に転生してチートで美少女ハーレムだと分からせなくてはいけない。あなたがスクロールするよりも速く。


 この物語は異世界転生でチートでハーレムです。


 こういうのが、セクシーな文章。

 やっぱり話が早いというのが最も大事で、女口説くのだって、好きかどうか分かんない内にラブホまでもってってセックスして子宮で分からせるほうがいいのと同じ。そういうラブテクニックを恋愛工学的にも経験則でも理解している三十代後半の俺はカラオケの後に二十代前半の真帆子ちゃんをホテルに誘いたくて、普段歌わない米津玄師なんかを歌ってがんばってみるけども、めっちゃ難しいじゃん、よねつげんし。けんし?

 でもその甲斐あって俺はぐでんぐでんに酔っ払いながらも、カラオケを出た後「大丈夫なんですか?」って心配されて、心配されたから甘えた振りをして手をつないだりしてみちゃったりして、まあ向こうも満更じゃない感じで、無事ホテルに行く。飲みすぎてたけどちゃんと勃つ。で、バックからガンガンの最中に振り向いた顔がカオリであっれ~?? って思うけど、まあいいかって続ける。イク。

 で、カオリに子どもができる。

 それは俺の子じゃなくて、ちゃんとカオリの彼氏の子で、タイミング的には俺の子でもおかしくなかったんだけど、ちゃんとカオリは彼氏と授かり婚の寿退社。で、カオリの送別会でまた二次会がカラオケなんだけど、今回は真帆子ちゃんは来なくって、また誰かが鈴木雅之を歌い出す。今度はロンリー・チャップリン。俺は再度米津玄師に挑戦するもやっぱり歌えなくって、ジェネレーションギャップに抗わずにイエモンを歌う。どうせ真帆子ちゃんいないし。

 この日もひどく酔っ払って、でも今度は俺を介抱してくれるやつなんていないから、一人で帰るんだけど酔っ払ってるからぐわんぐわんで、まあなんとかタクシー拾ってでもタクシーん中で気持ち悪くなって停めてもらって降りて吐いてなんか悲しくなって、ああ、やっぱ会社辞めてもっかいバンドでもやろーかなーとか思うし、真帆子ちゃんと付き合いたいなぁ、カオリとももっかいヤリたかったなぁ、フェラ上手かったし、うえ、げろげろげろって吐いて吐いて吐ききったところで見上げたら満月。


 満月!

 を、見たらせめてせめてせめてせめて一回叫ぶくらいいいじゃんって気持ちになって、


 うおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 って叫んだ。

 即座に「っせーーーーーーぞ!! 酔払い! 死ね!」って湘南乃風みたいな感じの若者たちに道路向かいからディスられてびびる。五対一やん、こっわ。

 笑ってんじゃねえよ、お前らが死ね。

 って心で毒づき、こんな感じの夜とか毎日とかをもう何年も何年も俺は、多分二十代の途中くらいからこんな感じだから十何年? うっわ干支一周分以上やってんの? マジで? 子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥&子丑くらい? さすがにもう嫌だ、でも来週も来月も来年もだいたいこんな感じなんだろ~な~、死にて~~~~~。カオリの子、本当に俺の子じゃねえよな、そうだったら真帆子ちゃんにバレたら付き合えないな~やだな~、とかゲスいこと考えて、はあ、帰って寝よ……って思ってたら、道路向かいにいたはずの湘南乃風が目の前に来ていた。


「おにいさん、ずいぶんゴキゲンじゃん」

「うっわ、酒くせ」

「いや、ゲロの匂いっしょ」

 とか俺を囲み始めて何なの? え、怖いんだけど。

「飲みすぎちゃダメだよー」

「迷惑条例違反で捕まえちゃうぞ、コラ? 俺、公務員目指しってからさ」

 いやいやいくら日本が終わってるからってお前みたいなんが公務員だなんて、くらい考えたとこで、ゴッ!って肩を小突かれる。

「なんかさ、ムカつかないすか、この人」

「分かるわ~(笑)」

 なんで小突かれたの? 俺。

「なんか言えよ」バシッ! 今度は頭をはたかれる。

「なんか言えっつってんだろ」蹴られる。

「やめてやれよー(笑)」

「おにーさん泣きそうじゃん(笑)」え? 怖い怖い怖いムカつく。ムカつくけど怖くて脚がガクブルしてる。

「おい」ゴンッ!

「なんか言えよ、酔払い!」顔面に軽いビンタ。

 なんでビンタされたのか分かんないけど、怖くて、顔が熱くて、え? え? って戸惑っている内に暴力の加速は始まってしまう。ビンタがパンチになり、痛い! ガッ! って足も蹴られて、そのまま俺は倒れる。

 え? え? やめてやめて、やめてください。やめてくれやめてくれって思って俺は身を丸めるけど、丸まった背中や腹に容赦なく蹴りは続く。多分、今ポケットからサイフもとられた。それでも俺は小声で、勘弁してください勘弁してください……ってブツブツつぶやいてるだけで、返せって殴りかかることもできなくて、今度はスマホをとられてズボンを下ろされる。めっちゃくちゃに惨めだ、俺は本当はなんかすごい才能があってスーパーヒーローにだってなれるのに!

「おにーさん、スマホのロック何番?」

 一番背の低い金髪のガキが言う。黙っているとまた蹴られた。長渕キックだった。もう二度と長渕キックをYouTubeで見てゲラゲラ笑うことはできないだろう。

「何番かって聞いてんだけど?」さらにキックキックキック。

「誕生日とかじゃね?(笑)」

「コイツの? 免許みよっか」

「そこまで馬鹿じゃないでしょー。子どもの、とかじゃね」

「いや、このオッサン子どもいないっしょ~、ぜってえ独身っしょ~」

 そんなことを談笑って感じで和やかに話ながら、ガキたちは俺のスマホのロックを解こうとする、そのついでに俺を蹴る。公務員目指してるって言ってた奴が「おいオッサン、スマホの番号教えるのと、フルチンにされるのどっちがいい?」って聞いて、また俺の股間を蹴る。痛い! 容赦ない。

「なっ、んで、スマ……の、ばんご……」喋ろうとしたけど、声が震えて全然出ない。

「あ!? ハキハキ喋れや!」

「なんで、スマホの番号、知りたがるんですか……」俺の声はめちゃくちゃ弱そうでめちゃくちゃかっこ悪い。だけど、そんなことより、誰か、誰か助けてくれ。

「え? 面白いからに決まってんじゃん?」そう言って笑うと、公務員志望はまた俺の顔面に一発ビンタ。痛い! やめて!

「言ったら、殴るの、やめてくれますか……?」

「おう、やめるやめる、フルチンも許してやる」そう言って俺のトランクスに手をかける。

「十秒以内な。十秒以内に言わなかったらフルチンにしてキンタマつぶして、お前その辺に捨てるからなー。スマホもバッキバキに潰してお前に食わせる。はいっ、じゅーう、きゅーう」公務員志望のカウントに合わせて、他のガキ達も手拍子をしながら囃し立てる。

「はーち!」

「なーな!」

 俺はもう考える力もなくて、ロック番号をつぶやくんだけど、恐怖と痛みと恥ずかしさですっごい震えて小声になって、全然ガキたちの耳に届かない。

「ろーく!」

「ごーお!」

 無情なカウントダウン。

「ご、……ごー、ほく、いひいひ……はひ……」声を絞り出して言った。

「あ~? なんて~?」

「聞こえねーぞ」


「……ご、ごぉ、5・6・1・1、8、8、ですぅ!」


「お~。言った言った、5・6・1・1・8?」「8、8」「おっけ。合ってるか見よ」ガキたちがロックを解除する。

「正解~!」

「セキュリティうっす~! ガバガバじゃね?」

「アナルもガバガバホモ野郎なんじゃね?」

「いやいや、お前、それ差別! 今時そういうの言ったらネットで叩かれっぞ~!」

「ホモこえ~!」

 その後も何発か殴られたり蹴られたりして、ボコボコでフルチンの写真を撮られて、財布をとられて、飽きて放置された。


 痛みと恥ずかしさと悔しさで起き上がれないまま、俺は想像する。

 今ここに、居眠りトラックが突っ込んできて、轢かれて異世界に転生できたらいいのに。


 そこでは俺は文学か音楽かアートの才能だけじゃなくて、剣も魔法も使えて、イケメンで、女にもててやりまくりでチートでハーレムの人生を送ったのです!!

 世界を救ったのです!!

 世界を救ったのです!!

 公務員よりずっと偉い!! ずっとかっこいい!! 俺は勇者で、僧侶と魔法使いと戦士は全員巨乳の美女で俺に惚れてる!! お前らよりもずっと良い人生!!


 この物語は異世界転生でチートでハーレムです!!

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掌編小説集 野々花子 @nonohana

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