第7話 懺悔草


 四年前。


 “インカ帝国タワンティスーユ”で、“喋る生け贄石”を見つけ、“豹神官の予言書チラムバラムの書”を求めて、マヤ公国に入った時のことだった。


 高地から下山するにつれ、どんどん木々が生い茂り、海岸線に近づいてくると気分が悪いほど湿度が高くなった。


 ずっと高地で生きてきたので、マヤ低地の熱帯雨林は想像以上に体にこたえる。


「あ゛ー、インカもたいがい面倒くさかったけど、マヤも面倒くさそうやなー」


 獣道の途中で野宿し、暗闇の中で一人焚き火を突きながらエナはボヤいた。


 インカには、到着するなり“処女の館”に放り込まれ、二人の王子は王位継承権をかけて争いの準備をしているという、政情不安の真っ最中だった。

 王位を継承する時には、戦争をして反対勢力を滅ぼすのが伝統だという。


 マヤはマヤで、一つの国としては衰退を始めていて、力ある部族がそれぞれ街を支配しているような状態らしい。

 そのせいか、豹神官の予言書も何冊もあり、大きな街を訪ね歩くしかない上、マヤ族はマヤ語を話さない人間を信用しないという。

 加えて、街や部族ごとに方言が強く、ほとんど別の言語のようにすらなっているらしい。


「面倒な予感しかせんわ……。ま、暴力で穏便にいこや。双極のニ、三発もぶち込んだらナントカなるやろ。たぶん」


 世の中には、理不尽が満ちあふれていて、誠意や話し合いが通用しない場面が多いことをインカで知った。


「うちは、学習できる女やからな」


 焚き火には、虫除け草を大量に入れ、周囲を煙まみれにした。お陰で、肌を噛む虫はいなくなったが、猛烈に煙たい。


「うぇっほ、げっほ。あかんあかん。あかんわ。調子乗って、炊きすぎたわ」


 熱帯雨林は熱帯雨林で、さまざまな効能のある薬草があり、虫が多い場所には虫除けの、毒蛇が多い場所には蛇避けの草があって、移動しながら採取してきたのだった。


「いやー、でも薬草のことも勉強して来て良かったわホンマに」


 インカ帝国は伝統ある国家なだけあって、王室の薬草庫には一級の品がそろっていたし、外科という体を切り刻んで治す技も発達させていた。

 チチメカの隠れ里で、基礎は叩き込まれていたが、医術の応用はインカで得たのだった。


「さて、ご飯ご飯〜」


 焚き火で燃やす物を、横で乾かしていた枯れ枝に変え、肌には虫除け作用のある花ビラをすり込んだ。


 さっき捕まえて殺した毒蛇を、さばいて内臓を捨て、皮をいで木の枝に刺しておいたのだ。

 焚き火の脇に立てかけ、岩塩を振りかけるとにじみだした脂と混ざって、うまそうな匂いがしてくる。


 こういう旅やり方も、教えてくれる人がいた。

 医術も武術も呪術も、教えてくれる人がいた。

 振り返ると、インカの四年間も決して悪いものだけではなかった。


 こうして考えてみると、マヤでの旅は自分に何をもたらすのか。

 楽しみににも似た感情を、自分が抱いているのを自覚して、エナはなんとなく不思議な気がした。


 マリナリと出会ったのは、そういう時だった。


「やっはろー」


 蛇肉の焼け具合を見ていると、若い女性が獣道を歩いてきて、エナに声をかけた。


 女性の貫頭着ウィピルえりがついた高価なもので、マヤ地方特有の鮮やかな赤い“髪飾り用の布シンタ”を頭に巻いている。


 その姿は、十五歳になるエナよりも少し年上のように見えた。


 近づいてきているのは、ずっと前から音で分かっていて、それはつまり敵意がないという証拠だった。


 ただ、エナが焚き火をしている場所は街道ではなかった。街道から離れた森林の中で、道と言ってもまともな獣道でさえない。

 自分の能力で、最短で歩ける場所を選んだら、そうなった。


 焚き火をしているのは大木の下で、木の下だけは開けているが、周囲は木々が生い茂り見晴らしも相当悪い。


 追はぎであれば、今殺した毒蛇のようにただ殺せばいい。そう思って蛇を焼きながら待っていた。


「なんの用や?」


「私は、懺悔草マリナリ。私もここで一緒に野宿させてもらえないかな?」


 にこりと笑いながら言うさまは、エナよりもまだ若い小娘のような笑顔だったが、状況的には不自然極まりないものだった。






 

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