第6話 チマルマとの出会い2


 一歩、踏み込んだ。動いたのは同時で、踏み込んだ先はもう短槍の間合いだった。


 エナの額を目がけて、一直線に槍の穂先が向かってくる。

 槍には凝縮させた闘気をまとわせ、風を巻き込んで切り裂き、閃光のように加速させている。


 逃げ道も回避先もないことが、一瞬で脳裏にはっきり見えた。


 回避用に、初級仙術“流水”を発動させようとしていたのを、エナは直前で中止した。


 流水では、


 他の術でも、習ったものの中に回避する方法はないと断言できるほど、チマルマの槍が異様に速い。


 迷わず体の奥で練っていた仙気を惜しみなく放出し、術を強引に切り替えるしかなかった。


 術をかけ合わせ、かつてエナが自分で編み出した上級仙術。


 エナの仙気と天と地の龍脈の気が一つになって、ビリビリとした電撃が全身を隙間なく覆っていく。


 それにより、体が肉体の限界を超えて加速し、回避できないはずの槍を電光の尾を引いてすり抜けた。


 エナとチマルマは、すれ違い、何もなかったかのように、もう一度向き合った。


「今の動きは、なんだ」


 槍を構えたままチマルマが言った。表情は固く、驚きが目に出ている。


「上級仙術“雷転瞬動”。こんなとこで、出すつもりなかってんやけどな」


 チマルマの突きは、今まで見たどんなものよりも速かった。一瞬でも雷転瞬動の出し惜しみをしていれば、今ごろ勝負はついていただろう。


「あんたこそ、あの突き技はなんやねん。いくら豹戦士やから言うたかて、誰でもホイホイできる技には見えへんで」


「豹槍術、一の型“風刹ふうせつ”。豹戦士の中でも、使える者は多くない」


「ほー」


「初見でかわしたのは、お前が初めてだ」


「ちょっと安心したわ。いやー、それにしても豹戦士いうんは、やっぱりすごいもんやね。うちも、全力出してみるわ。久しぶりに」


 言い終わると同時に、チマルマに向かって走った。走りながら、流水を発動させる。

 ゆらゆらと水が流れるような動きで、チマルマの動きを先読みし、幻惑させる。


 槍の間合いに入ると、流水に加えて初級仙術“瞬転”を小まめに加えた。瞬転は、一瞬の短い間だけ加速する技で、夜の暗闇で使うと目で追うのは不可能だった。


 チマルマの懐に飛び込み、左の拳に初級仙術“石破せきは”の裏技“ぜつ”を込めて、腹に叩き込んだ。

 石砕は、触れた“物”を弾く技で、絶は“精神”を弾く。絶が決まれば、どんな人間であっても気絶する。


「なるほど。これが仙術と言うものか」


 チマルマは、腹に絶を受けたまま、感心したように言った。


 絶が直撃する瞬間、ほんのかすかにチマルマが動いて急所をズラされた。急所に決まらなければ、砕波も絶もただちょっと痛いだけの拳だった。


 チマルマの顔が、すぐそばにある。

 三日月の光を黒い瞳が反射し、体に塗られた精油からは爽やかな花の香りがした。


「いやいや。仙術の深奥は、こっからやで」


 右手に石破、左手に絶。

 表と裏。

 二つの術を同時に展開させて、かけ合わせる。本来ならば、相剋そうこくし打ち消しあう術式が螺旋を描いて融合し、“零”という莫大な圧力を秘める力場を形成していく。

 

「上級仙術“双極”。いくで。気ぃつけてな」


 不可視の霊光が、エナの両手の中で“目の端にだけ写る光”となってあふれ出していく。

 見ようとすれば見えない光は、凝縮された仙気と龍気の圧力を伴い、重圧と化して公園全体を覆う。

 それは、チマルマの回避と判断を一瞬遅らせ、エナには一瞬あれば充分だった。


 チマルマに向かって、さらに踏み込みながら両手の平を腹部の一点に当てて、術を解き放つ。


 “零の力場”を生み出していた仙気は、爆裂する落雷になるように術で変換。

 間髪入れずエナの両手の平に怒涛となって流れ込み、チマルマに向けて零距離で炸裂した。

 

 雷が落ちたような轟音と重い衝撃だった。


 白とも黄色ともつかない霊光は、真上に向かって吹き上がり、砂塵を巻き上げて消えた。


 チマルマは吹き飛ばされて、後方にある木の幹に直撃している。


 無音。


 風の音も、虫の声も、あらゆる音が消え、公園には痛いほどの沈黙が満ちた。


「おー。チマルマをこうも簡単にぶっ飛ばすとは、腕をあげたね〜。エナちゃん」


 沈黙を破って、公園の奥から若い女が歩いてきた。ぱちぱちぱちと適当に拍手しながら、のんきな声で語りかけてくる。


 赤い髪飾りを巻き、みどりの腕輪と黄色い宝石の首飾り。暗闇で目ではよく見えないが、いつもの華美な服装をしているに違いない。


「なんや。やっぱり、あんたらが絡んでるんかいな」


「そりゃ、そうじゃん。エナちゃんが一歩でもテノチティトランに入れば、筒抜けだよ。お探しの相手じゃなくて、ごめんね」


 アステカには、諜報を司る“長距離武装商人ポチテカ”という隊商が十二あるという。

 世界中を旅し、あらゆる情報と物品を集めてくるのだ。

 ポチテカは戦士と同等の身分を有し、独自の神を信奉する。アステカを裏から支える武装集団だった。


「めんどくさいから、あんたには会いたくなかったわ、マリナリ」


 マリナリとは、マヤ公国を三年近く一緒に旅したことがあって、助けれることも確かにあった。無かったと言えば嘘になる。

 

「まぁまぁ。そう言わずに。持ちつ持たれつって奴じゃん。旅は道連れ、世は情け。立ってる者は、親でも使えってね!」


 屈託なく、にっこりと心の底から笑顔を向けてくる分、マリナリはたちが悪いのだ。


「あんたとの思い出は、ほぼ全部面倒ごとを押し付けられた記憶しかないけどな……」


 



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る