第2話 首都テノチティトラン
全力で、いきなり踏み込んだ。
一歩目から最高速で、豹戦士の間合いに入る。間髪入れず、槍の穂先が下からすくい上げるように顔面に向かってくる。
回避。回避しながら、さらに踏み込む。
髪を穂先がかすめ、かすめた穂先は一瞬で引き戻され、今度はエナの胸元目がけて突きが放たれる。
一気に集中力を全開にした。
高速で迫る槍の側面に、左手のひらを弾くようにぶつける。
その瞬間に重心を集め、仙気を術式に変えて解き放った。初級仙術、石破。
ガツンとまるで石でも直撃したような音がして、槍が弾け飛んでいった。
触れた物を弾き返す、基礎仙術だ。
意表をつかれて豹戦士の体勢が崩れている。好機。感覚を信じて、さらに懐に滑り込んだ。
拳が腹に届く距離。
ぽすんと、軽く右手の拳を男の腹に当てる。
虚。
その、刹那の時間で体内の仙気を収斂させ、大地の龍気を両足から吸い上げる。
同時に、天空の神気を呼吸によって吸い込み、吐きながら混成し、無限の力を秘めたる魂源への扉を押し開く。
通天貫地の技法。
エナの拳に不可視の力が凝縮し、目の端にしか写らない霊光があふれ出していく。
ドンッと重い衝撃とともに、エナの拳が豹戦士の腹に食い込み、一瞬の間をおいて吹き飛んだ。
踏み込んだ足元の石畳は割れて砕け、エナに最初に声をかけた衛兵は凍りついたように停止している。
石破の最上位術、虚砲。
「あ、やっべ。やり過ぎた」
要塞からは、何事かと待機していた兵が出てきて、エナはあっという間に取り囲まれた。
†
「やーやー。おっちゃんらは、ええ人らやったなー」
衛兵らは、エナの武勇を褒めたたえ、別れ際にはオヤツとして
もっとも、全員と手合わせすることになり、取り敢えず一人残らずぶちのめしてきた。
豹戦士が一人だけだったことが救いで、二戦目はエナが負けた。
やはり、王国最強の名は伊達ではなく、すぐにエナの仙闘術に対応してみせてきた。
どうやら豹戦士との試合は、初見で不意打ち以外では勝てそうにないことが分かった。
今エナは、見晴らしのいい堤道に腰かけ、足をぶらぶらさせながら、ウーパールーパーの白身をかじり、骨をぺっぺと足元の湖に吐き捨てている。
日差しは強いが、風は冷たい。乾季の中央高原は、熱帯雨林が茂るマヤとはだいぶ違う。
まだインカの方が、アステカに雰囲気は近いが急峻な山々が多く、どこまでも奥深い。
どちらも呪術と医術と武術を極めるための、仙道の追求には役に立ったが、結局求めるものは得られなかった。
「あんた、湖に食べカスなんか捨ててんじゃないよ。行儀の悪い小娘だね」
小太りで筋肉質な老婆だった。
「ひゃい?」
「しょっ引かれるっつってんだよ。テノチティトランじゃ、そこらにゴミ捨てると衛兵に捕まるんだよ。そんなことも知らないのかい?」
老婆は大荷物を担ぎ、テノチティトランに行く途中のようだった。
「あ、ありがとうございます。知りませんでした。来たばっかりなんで」
立ち上がって礼をすると、老婆は背の低いエナよりさらに背が低く、それなのに背負っている荷物はエナが見上げるほどだった。
「あ」
「あ?」
「あ」
老婆の荷物の中に、よくない物が混じり込んでいる。
仙術の基本技に"
老婆の荷物の中から聞こえる悪しき声に、思わず声がでてしまった。
その声を老婆に聞き止められ、後悔の声まで出た。久しぶりの戦闘で、昂った気が緩んで、緩み過ぎてしまったようだ。
「どうかしたのかい?」
「え、あ、いや、お婆さんは薬屋さんなんですか?」
荷物の端からは、葉っぱがいくつか見え、食料とは違う、いかにも濃い緑の匂いがしている。
「ああ、仕入れてきたとこさ」
言うか言わないか、ちょっとだけ迷った。
「毒草が混じってる」
毒草は、うまく使えば薬になる。毒草を使う技は"裏"に属する術で、裏技が使えるようになって、初めて治療家と呼ぶ。
「そりゃ、毒草も混じってるさ。こちとら、素人じゃないんだ。当たり前のこと、言うんじゃないよ」
「そうじゃなくて、薬草の束に混じり込んでるのがある。それも、どうやっても薬にできない子。人間のそばには、いちゃいけない子がいる」
薬草の中にも、自分のようなのがいる。そういう子の声は、特別よく聞こえる。
「なんだって?」
怒り出しそうな老婆と向かい合って、見つめ合った。
「ふん、嘘は言ってないみたいだね」
そう言って、老婆が荷物を下ろして
「もし、何もなかったらゲンコツだからね」
頷いた。エナの言う袋を開けると、サボテンの青い実がいくつも出てきた。
「これは、染料と痒み止めに使うやつだよ」
エナの貫頭着も、元々はその実で染めた鮮やかな青色をしていた。今は、薄汚れた灰色になってしまっているが。
「あ」
老婆が驚きの声をあげた。
滅多に見かけない、即死毒の実が一つあった。
サボテンの実とよく似ていて、たまに紛れ込むことがある。
ただ、染料や痒み止めとして使う分には問題はない。食べると、あっという間に死ぬのだ。
問題になるのは、こうして人里に持ち込まれ、捨てられた先で芽が出ることだった。
すると、甘い匂いの花が咲き甘い実になって、よく子供が食べて死ぬ。
甘い味の即死毒は滅多になく、ゆえに危険で、長い年月をかけて薬草を使う治療家たちが根絶に尽くしてきたが、未だ絶滅には至っていない。
「なんてこった。ひどい失敗をしちまった。これは、恥ずかしいことだ」
エナはひょいと、一個だけ紛れ込んでいた毒の実を摘み上げた。
「じゃ、そゆことで」
もう日がだいぶ傾きはじめていて、テノチティトランでの予定も多い。何より、寝ぐらから確保しなければならないのだ。さすがに乾季のアステカで野宿は、もうしたくない。
「お待ち!」
「ふぁ!?」
がっしり手首を掴まれた。
なぜ、さっきから面倒事に巻き込まれるのか。ちょっとアステカの主神"
「あんた、なんで分かったんだい」
「な、なんとなく? みたいな?」
「そんなわけないだろ。ちゃんと白状おし。言うまで、あたしゃ手を離さないよ」
なぜか、さっきよりもひどい剣幕だった。
「うぅ。こ、声が聞こえるってゆーか、なんとなくそんな気がするってゆーか」
「はっきりお言い」
「精霊が教えてくれたんですぅ」
しどろもどろ本当の事を言ったのに信用してくれないので、嘘ではないが適当な事を言った。
「なるほど」
「信じた!?」
「
「あ、ハイ。じゃ、そゆことで」
「お待ち」
「なんでやねん!?」
参考資料
『戦士は、その経歴の最終段階で、最高位の二つの騎士団のいずれかに入団することができた。「豹の戦士」はテスカトリポカ神の兵士で、豹の軍服を着用した。「鷲の戦士」はウィツィロポチトリ神の兵士で、鷲の頭の兜を被った』
アステカ王国 文明の死と再生 創元社
『呪術師になるのは、学習が必要である。
呪術師は不屈の意志をもつ。
呪術師は心の明晰さをもつ。
呪術師になるには厳しい努力が必要である。
呪術師は戦士である。
呪術師になることは、止まることのない道程である』
呪術師と私 二見書房
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