事実

 「……安藤さん?」

声が聞こえてきた。目の前には、スーツの男がいた。

「警視庁の者です。お怪我はないですか? もう大丈夫ですよ」

 どうやら助かったらしい。

「ここは?」

「病院です」

 隣のベッドには課長がいた。まだ目が覚めていないのか、先ほどの警察官が様子を伺っている。


医者が私の容態を確認し、

「異常ないですね」

と言うのだが、身体は、いや精神的にスッキリした気分ではなかった。


事件の全貌を知ったのは、その夜のこと。どうやら、クトド島という島から金塊を探しにやってきたクトド人が捕まったということだ。なんでも、宝の地図に、大橋家に金塊があると描かれているらしい。




 あれから時が過ぎ、私は課長へと昇進した。

春、この部署に異動してきたばかりの部下が、私に言う。

「初めての物件訪問に行ってきます。クトド人に気をつけます」

「クトド人? あー、よく知ってるな」

「武蔵野エリアの過去の報告書を読んだのです。そしたら、クトド人に安藤さんが監禁されたって書いてあって……切り抜きの新聞記事には、東京不動産社員、金塊強盗犯逮捕に尽力と載っていました。それに、金塊強盗事件のことは、新人研修で配布している『東京不動産の歴史』にも名前入りで載っていますので」

「そうか。ただ、あのとき実は何もしていないんだ。訪問したら、槍を向けられてな、その時の課長と縛られ、気がついたら朝になっていて、警察に助けられんだ。でも、あの時、メディアにたくさん取り上げられて社長賞も頂いてね。何もしてないと何度も言ったんだがね。まあ、昔の話だよ」

「いやそれでも、課長が行かなければ逮捕できなかったでしょうから、お手柄と言っていいと思います」

「いやーそうか? しかしな、今でも謎なのは、調査の依頼を受けたとき、依頼主の大橋さまは既に亡くなっていたということだ。孤独死で、事件後の現場検証のときに発見されたのだが、私は誰からの電話をとって、話したのか」

「もしかして、大橋さまが、自分を見つけてほしいと課長を呼んだのかもしれませんね」

「君は想像力が豊かだなー」

「課長、これから伺うお宅が、その大橋家跡の近くなんです」

「ほう、では私も、懐かしみながら行ってみようかな」

「課長がいると心強いです」


懐かしの大橋家跡は、公園になっていた。

「課長、訪問するお宅はこちらです」

と、先を行く部下に呼ばれた。すると、ふわっと甘い香りが漂ってきた。懐かしの、あの、香りが。


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クトド〜記録に残されたミステリー〜 柚月伶菜 @rena7

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