危機

 「ここです」

やはり、大橋家は前日訪れたこの古びた民家で間違いない。ひとつ違うのは、課長同伴で心強いということだ。


「大橋さまー、東京不動産の安藤と申します。いらっしゃいますか?」

すると、家の中で物音がした。

 出てくるだろうと少し待ってみたが、誰も出てくる気配がない。

キー……

誰か、出てくる。

「まさか、君が言う男がいるとか?」

「いやーまさか……」


  そのまさかであった。前日私に槍を向けた男が、玄関を開けた。今日はカーテンではなく、普通の洋服を着ているようだ。

恐るおそる、

「大橋さま、でいらっしゃいますか?」

と聞いた。答えはしないが、家に入れと手招きされた。だが、槍の一件もあり、家に入るのを躊躇した。

「大橋恵美子さまはいらっしゃいますか? 昨日はお会いできなかったもので」

「ナカニイマス。アガテクダサイ」

片言だが、聞き取れた。槍も持っていないし、表情も明るい。やはり槍は私の見間違えだ。そう確信をつくほど、別人であった。

「では、失礼いたします」


 すぐに私の判断ミスに気がついた。そう、そこには大橋さまはいなかった。

 案内された居間は、一部畳と床板が剥がされ、床下が見えていた。箪笥の引き出しが開けっ放しで、まるで空き巣に入られたような跡であった。

私は、背後からの違和感を感じた。

「あん、どう、くん……」

視線を向け、私は息を飲んだ。

「槍?」

「槍、です」

突かれはしなかったが、私たちは、身体をロープで縛られ身動きを封じられた。

「安藤、これ、監禁ってやつか?」

「そ、そうなるんですかね。すみません、私のせいで」

 男は、奥にいる子どもと話す。

「クトドクトド」

「クトドクテン」

「クトドクトド」

つい先ほどの日本語は、たまたま日本語に聞こえただけなのだろうか。また、変わった言葉を使っている。そのとき、ふわっと甘い香りがしてきた。

「なあ、なんか匂わないか」

「はい、甘い香り……」

私は、急に頭が重くなり、意識が遠のいていった。

「甘い匂いがしたら、はし……れ……」

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