考察

 「……安藤?」

帰社したとき、エレベーター内で課長に声をかけられた。まったく気がつかなかったことに、自分でも驚いた。

「具合でも悪いのか?」

「あ、いえ、訪問だったのですが、男に槍を向けられまして」

「槍? 狩猟をしている人か?」

「いや、何と言いますか、カーテンを纏った毛むくじゃらの男に、槍を突きつけられたんです」

「だ、大丈夫か? 少し休憩したほうがいいぞ」 

 冗談だと思っているのだろう。それはそうだ、槍で威嚇されたなんていう話を、誰が信じるものか。


 私は、窓から外の景色を眺めた。今日は最高気温30度を上回る真夏日。きっとこの暑さで、私はどうかしているのだ。


 気持ちを切り替えデスクに着くなり、番号をしっかり確かめ、大橋さまに電話をかけた。 

「この番号は、現在使われておりません」


 混乱した。私は、頭を抱え今日の出来事を整理してみた。

 まず、たしかにあれは槍であった。ボケていたわけではなく、夢でもなく、たしかに槍を向けられたのだ。ならば、槍は本物だとしよう。すると、あの男と子どもは何者なんだ。男はカーテンを身に纏っていた。服のように身につけていたのだ。まるで、原始人の装いのように……

 

 「……安藤? 安藤?」

課長の声がする。肩を叩かれているような……

「あ、課長」

「大丈夫か?」

私はデスクで寝てしまっていた。時計はすでに20時を回っており、課長以外の同僚たちは帰ったようだ。

「すみません」

「珍しいな、君が手こずっているなんて。変なことも言っていたし、明日、私も付いていってやるよ」

「あ、私のせいで申し訳ありません」

「じゃあ明日。しっかり疲れをとれよ」

その通りだ、こういう時はしっかり休んだほうがいい。

 とはいえ、自宅に帰っても、あの槍を向けられた一瞬の映像が、頭をよぎるばかりである。気を紛らますために、酒でも飲んで帰ることにしよう。



 「いらっしゃいませ、ご主人様」

一人酒とも思ったが、一人でいるのが不安だった。彼女なんていないもんだから、気になっていたメイド喫茶にした。

 楽しげな音楽と雰囲気が現実を忘れさせてくれる。


 「キュンキュンサワーでございます」

運ばれてきたサワーのマドラーを見て、脳裏にあの槍が浮かび上がった。

「ご主人様、いかがなさいましたか?」

「いや、その、悩んでいて」

「お悩みごとなら、お話しくださいませ」

「いや、槍? 槍って今の時代、ないよね?」

「や、り? そういった鋭利で危ないものは、キュンキュン星にはございませんよ」

「だよね」

「あ、でも、この前お帰りになられたご主人様が、『甘ーい匂いがした走れー!槍だー!』って、叫ばれておりました。もしかして、そのお友達ですか?」

「おもしろい人がいるんだね」


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