クトド〜記録に残されたミステリー〜
柚月伶菜
奇妙な男
不動産業にとっては目利きがモノを言う、物件の現地調査。どんな古びた物件も見てきたつもりだったが、そこは予想を遥かに超えていた。
東京一帯を見渡せるここ武蔵野台地に、その物件は、ひっそりと姿を見せた。
平家一戸建て住宅。屋根は一部ブルーシートで修復しており、外から見る限り、障子は破れ、クモの巣だらけ。人が住んでいるのか疑問に思う程に古い。
「すみませーん」
インターホンがないようなので声をかける。
「13時に訪問をお願いしておりました、東京不動産の安藤と申します……大橋さま、いらっしゃいますか」
しかし、返事がない。少し待ってみようかと思ったとき、ガタッと、家の中から物音がした。
「大橋さまー」
私は玄関のドアに手をかけた。……開いている。ちょっとだけ開けてみた。
「こんにちは……」
居間から顔だけ出し、こちらを向いた小さな子どもがいた。
「ぼく、こんにちは。おばあちゃんはいるかな?」
3歳くらいだろうか。言葉が分からないのか、なんの反応もしない。すると、奥から大人の足音が聞こえた。大橋さまだと思い待っていると、現れたのは、布で身体を覆った、全身毛むくじゃらの男だった。
「こ、こんにちは。東京不動産の安藤と申しま……」
私は固まった。槍、だろうか。私は今、槍を向けられている。
この男、何者だろうか。
先日の電話で大橋さまは、夫には先立たれたと言っていたし、子どもはいないという話だった。顔を覗かせていた子と合わせて、親戚や知人の親子だとも考えられるが、風貌がおかしすぎる。布、いや、あれはカーテンだ、カーテンを身体に巻きつけている。家の中での着衣は人それぞれだろうが、さすがに違和感を覚える。
「クトドクタクケンドドン」
何を言っているのか聞き取れない。
「クトドクタクケンドドン!」
日本語や英語、名の知られているような外国語ではないこと、男が怒りを露わにしていること、次に私が口を開けばおそらく槍で刺されるだろうということなど、たくさんの考察が一度に飛び交い、私は反射的に後退りし、静かに玄関の扉を閉めた。
何が起きたのかと落ち着かないまま、大橋家を出て、近くに車を停める。場所は間違えていない。あの家は、大橋家だ。
だとすると、あの男は何者なのだろうか。しかもなぜ、槍を向けられたのか。そもそも、大橋さまはどこにいるのか。ただひとつ言えるのは、私の身体が恐怖心から小刻みに震えているということだ。
一旦、約束の時間も過ぎているため、大橋さまに電話をかけた。
「この電話番号は、現在使われておりません」
私は更に動揺した。今まさに、不可解なことが起こっている。
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