プロムナードの夜に
九十九緑
プロローグ
"プロムナード"
---フランス語で「散歩」あるいは「散歩の場所」。ここから転じて、野外の広場や庭園などで行われていた演奏会のこと。---
ここは、どこにでもあって、どこにもない場所。ここは、誰にでも来ることができて、誰にも来ることのできない場所。ここは、いつでもそこにあって、いつもはそこにない場所。
さぁ、おいで。大丈夫。怖がらないで。今だけは日常の不安など全て忘れて、そっと目を閉じて、音の海に潜り込むのです。
正装に身を包んだ、美しい女性が微笑み、語りかける。夜の静けさと美しい声の旋律。ここは秘密の演奏会。招待状に誘われた人々は、音に惚けて夜を明かす。音楽は、ここにある。
今夜は特別な一夜だ。なぜなら、誰しもが幸福を願う聖夜であるから。幼子たちは夢に胸を膨らませ、大人たちはそんな幼子たちにささやかな夢を与える。しかし、光り輝くこの夜にも、不安で今にも押し潰されそうな人がいる。そんな日々の生活で心を疲弊した人間のもとに、この不思議な招待状は届くのだ。音楽だけは誰にでも平等なのだから。
聖なる夜の少し不思議な演奏会。今宵もどこか分からないその場所で幕は上がる。気がつけば入口のゲートは開き、園内放送ではオープニングセレモニーの案内がなされる。どこから来たのか分からない人間が、様々な方向から集まってくる。気づけばメインステージには沢山の人が集まっていた。
ステージに六人の人間が現れる。しかし、そこに楽器の姿はない。一瞬のざわつきの後、静けさが会場を包む。深い呼吸の後、一人が歌い出した。この世の言語かどうかも不明なその歌声は男性のものでありながら、それは慈愛に満ち溢れ、透き通ったものであった。追随して残りの五人も歌い出す。1人、また1人、音が重なり旋律を作り出す。そうして完成したその不思議で幻想的な音楽は、この夜の幕開けにふさわしいものであった。
「今夜は明け方まで、園内各地で演奏が行われます。招待状が届いた貴女方だけのためのプロムナード。ぜひ、皆様自身で園内を自由に歩き回り、心ゆくまで極上のハーモニーと、そしてこのささやかな非日常をゆっくりと存分にお楽しみください。」
雪がちらつき始めた。プロムナードの夜はまだ始まったばかりだ。
プロムナードの夜に 九十九緑 @tanseikaiPB
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