「大丈夫…」
低迷アクション
第1話
「おっお~い、そっこの人ぉ~っ、大丈夫かぁっ~?」
舌ったらずの言葉はいつでも変わらない…
卒業式を終え、友人達との打ち上げに向かう前に“R”は、キャンパス近くにある丘に向かった。山間部にある彼の大学の近くの斜面を少し登れば、眼下に広がる景色が絶景のスポットだ。
(今日は霧が出ている。そろそろ聞こえるかな?)
Rがそう思う間もなく、件の声が聞こえてきた。
山びこのような響きだが、跳ね返ってくるような山は近くにない。
初めて聞いた時は驚いた。周りに人がいないかを何度も確認した。
晴れの日には声が聞こえず、霧が出ると聞こえる声…
先輩に聞くと、そこは“有名な場所”らしい。怪談の部類に入るが、特に悪さをしてくる訳ではない。声は霧が晴れるまで、一定間隔で繰り返されるだけ…
仮に返事や何か問いかけをしても、害はない。だから、Rは何度も丘に通った…
「おっお~い、そっこの人ぉ~っ、大丈夫かぁっ~?」
(もう、この声ともお別れだな…)
2回目に響く声を聞き、静かに思う。返事はしない。いつもの事だ。
友人と来た事もある。だが、不思議とその時になると、声は聞こえない。Rが1人で来ると、聞こえるのだ。
「この声に…世話になった、何度も…」
高校では友人が作れなかった。およそ、青春とは無縁の3年間の積み重ねが入学時の孤立を生んだ。
初めての大学生活に期待を膨らませる同級生の中で、浮いた自分が痛たまれず、
逃げ場所として選んだ丘で、声を聞いたのが始まりだ。
何だか腹が立ったし、怖かった。しかし、何度も繰り返される声に、苛立ちはやがて消え、親しみを覚えるようになった。
何かはわからないが、少なくとも、この声の主は自分を見て、声をかけてくれているのだ。嬉しかった。本当に…
丘に通う内に、友人も出来た。サークルにも入った。人並みとは言えないかもしれないが、良い4年間を過ごせたと思う。
それは、どんな時でも変わらず、声をかけてくれる“この声”があったからだ。
でも、今日で終わりだ。卒業をする自分は新しい場所に行く。
不安はたくさんある。しかし、進まなければいけない。だから、最後に…
3回目の声に、返事と今までのお礼を込めて…
「はい、大丈夫です!今までありがとうございました。本当に…
本当にお世話になりました!」
小学校以来の大声を張り上げた。
返事は無い。だが、呼応するように、ゆっくりと晴れていく霧の中から、
現れる町の景色に目頭が熱くなった…(終)
「大丈夫…」 低迷アクション @0516001a
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