第140話:小さなヴァイオリン

【ラスベガス:ハリー・リード国際空港】


 ルビコンの問題が解決し、検査なども終わらせ名残惜しくも日本に帰る日がやってきた。

 ちなみに見送りはアイザックさんだけ。


「もう二度と来ねぇよこんな国!」

「ありがとう、感謝している」


 アイザックさん、それはどっちの意味かな。

 自分がクソみたいな問題を解決したこと?

 それとも、もうアメリカに来ないこと?


 後者なら密入国してでもまた来る覚悟があるぞコンチクショウ。


 そうそう、イーサンとエレノアは実家に顔を出してくるということで別行動となっている。

 なので、日本組は自分と犬走、それと御手洗さんの三人だけだ。


「それよりも体調の方は大丈夫なのか?」

「自分でもヒクくらい健康でした。あと痩せろって言わないお医者さん、初めてかもしれません」


 プロビデンスでの抗C粒子薬の注射、さらに高濃度のC粒子汚染された場所にいたこともあり入念な検査が行われた。

 結果、その場にいた全員のC粒子侵食率が少し上昇していた。


 ちなみに自分の侵食率は遂に新世代の最低ラインである二十パーセントを超えた。

 とはいえ、新世代は生まれた時から侵食率が二十パーセントを超えている場合に限られているので、自分が何か特殊な力に目覚めたとかそういうのはない。


 じゃないとアメリカで外来異種の一部を身体に移植して一時的に侵食率を爆上げした人達が、スーパーパワーで暴れてミュータントVSヒューマンみたいなことしてるだろうしね。


「あー! なんか無条件でモテモテになる力とかほしかったなー!」

「C粒子とは関係ない何かに目覚めている可能性もあるだろう。でなければサターンVをフォックス4させる作戦を思いついたりしないだろう」

「僕悪くないもぉん! 実物のロケットがあるって言った御手洗さんが悪いんだもぉん!!」


 そうしてチラリと御手洗さんの方に視線を向けると、明らかに落ち込んでいる姿が見えた。


「はぁ………"DarkLie"……せっかく荒野さんに更に凄くヤバイのを渡せそうだったのに……あぁ、惜しい……」


 そうそう、ルビコンへの人質……クソ質にしていたDarkLieはあの衝突で発生した熱量に耐え切れずに塵すら残らず消えた。

 危険物も一緒に処理できて一石二鳥である。

 ……ロケットを失って外来異種二匹の駆除って考えるとコスパ悪すぎてお得感が全く無いな。


 そうそう、サターンVのあったヒューストン宇宙センターは現在改修工事の為、立ち入り禁止となっている。

 理由は簡単、サターンVの偽物を用意しているからだ。


 まぁ外来異種を駆除する為にぶっ放したとかスキャンダルなんてもんじゃないからね。

 でもね、自分だけじゃなくて止めなかった皆も悪いと思うんですよ。

 だから皆で一緒に悪いことを背負おうね、償うかどうかは別として。


「そういえばルーシーとフォーティーはどうしたんですか?」

「フォーティー……? あぁ、レイアのことか。彼女達はまだこちら側で保護している。誰のせいとは言わないが、彼女達の力の有用性が証明されてしまったからな。……閉鎖空間においてレイアの力を悪用したせいでな、誰とは言わないが」

「俺悪くないもん! 穏便に解決しようとしただけだもん!」


 その結果がこれである。

 本当、俺さえここに来なきゃこんなことにならなかっただろうに。

 クソッタレである。


「ちなみにキミ達も保護すべきという意見があったが、懐に抱え込んだ方が危険という意見が多かったので見送られた。良かったな」

「嬉しくて胃液出そう、出していいっすか?」

「飛行機まで我慢してくれ」


 トイレまでじゃなくて飛行機までっすか。

 一刻も早く出国してほしいという意思を感じる……いや、これはむしろ逆に帰らないでほしいって複雑な乙女心的なやつだったりする?

 でもくたびれたオッサンの複雑な心とか、多分ゴルディアスの結び目みたいなやつなんだろうな。

 面倒くさいから放置しよう。


 そんなことを話してたら分かりやすく疲れたアピールをしながら犬走がこちらにやって来た。


「オーイ、荷物運んできたで。全く、人様をあごで使って立ち話とか優雅なやっちゃなぁ」

「お前もロケットに詰め込んで飛ばすぞこの野郎」


 こいつ、ロケット飛んだとき大爆笑してたってイーサンから聞いたからね。

 絶対にしばくとメロスに誓ったからね。


「……そろそろ飛行機の時間だな。約束のハワイ行きのチケット二枚だ、バカンスを楽しんできてくれ」

「ありがとござまーっす!」


 アイザックさんが今回の一件の侘びチケットとなるハワイ行きのチケットをこちらに渡し、そしてその場から去っていった。

 流石にアメリカ西海岸から南部までの逃走劇&スペースオペラは疲れたので、ゆっくりと休む為に要望したものである。


 流石にこれくらいは貰っても罰は当たるめぇ。


「ほい、お前の分。五体投地で感謝しやがれ」

「ウヒョー! 常夏のハワイで休暇なんて夢みたいや! あんさんも、もっとテンション上げたらどうや?」

「うるせぇお前と違って疲れてんだよ! いいからさっさと飛行機に乗ってろ!」


 そう言ってハワイ行きのチケットを犬走に押し付ると、軽快な足取りで乗り場に向かっていった。


 やれやれと溜息をつくと、同じくハワイ行きの乗り場に向かう女の子がチケットを落としたので、それを左手で拾う。


「すみません、落としましたよ」

「あぁ、どうも」


 そして右手のチケットを差し出し、その女の子を見送った。


「……おぉっと! なんてことだ、渡すチケットを間違えてしまった! しかもこれは……東京行きのチケットだと!? いやー、今からハワイ行きのチケットはとれないし、これはもう日本に帰るしかないよなー!」


 だから犬走くん、キミの隣に知らない女の子が座るけど気にせずハワイ旅行でロマンスを楽しんできてくれ。


 ちなみに、飛行機での逃走を手助けしてくれたローズ・イエローさんにもお礼としてイーサンの実家の場所を教えておいた。

 イーサンもそろそろ結婚を考えないといけない年齢だからね、今回の騒動に巻き込んでしまったお詫びとして思う存分R指定な事をしてくるといい―――両親とエレノアのいる実家でね!


「荒野さん、そういうところですよ」

「なんのこったよ」


 別に悪いことしてないもーん!

 これは善意だから何やってもいいんだもーん!


≪トゥルルルル≫


「…………」

「荒野さん、スマホ鳴ってますよ」

「……うん、電源切ったはずのスマホから鳴ってるね」


 ハ、ハッキング……かな?

 でも知らない人からの電話は出ちゃダメっておばあちゃんに言われてたからなぁ……。


 だが着信画面には久我さんの名前が表示されていた。

 何もかもを諦めて通話ボタンを押す。


「ッスゥー……そのぉ………体調はぁ……どうで……ッスゥ……かねぇ………?」

『ああ、悪くはないよ。そちらも元気そうで良かった』


 ちなみに久我さん、無毒化していたとはいえルビコンの体液でガン治療の治験をしていたらしい。

 そしてルビコンが死んだ直後、容態が急変したのだとか。


 ただ、久我さんが抗体世代であったこと、御手洗さんの抗C粒子薬があったことが幸いして体内のルビコンの残滓を完全に抑え込んだらしい。


 その後の検査によって、久我さんのガンが広まってた部位が一気に改善に向かっていることが判明。

 どうやら宿主が死に掛けであったが故に、生かそうと残滓が体内の細胞に働きかけているとかなんとか。


 そのせいでしばらくはアメリカで検査の日々らしいが、これが解明されれば人類の偉業たるガンの克服が見える。


 つまりこの先、何千何万……何億という命を救う偉人になるかもしれない。


 ……で、なんでそんな人が僕に電話してきたんでしょうか。

 もう何もかもが怖い。


『今回の一件でも分かったと思うが、コネと権力というものはとても強力だ』

「そう……スゥゥゥ……ねぇ……」


 ぶっちゃけ"光あれ"作戦が成功したのは久我さんのおかげといっても過言ではない。

 自分がどれだけ荒唐無稽な作戦を考えても、実現できなければ意味がないのだから。


『だが私も歳だ、いつまでもキミを手助けできるわけではない。……なら、キミ自身がその力を持つべきだとは思わないかな?』

「権力は汚いからペってしなさいっておじいちゃんが―――」

『権力にしがみつく人間が汚いのであって、権力そのものに綺麗とか汚いとかはないから安心したまえ』


 嘘だ!

 だって久我さん汚いもん!

 言ったら絶対にひどいことになるから言わないけど!


『しかしだねぇ、このままというわけにもいくまい。キミはまだ若いんだから―――』

「その若さで全てをごり押ししようとするの止めません!?」


 やばいぞ、これ下手したら押し切られてしまう……。

 なにか、なにか逆転の一手があれば―――。


「そうだ! ちょっと待っててください!」


 そして予備のスマホを取り出し、連絡を取る。


「あ、もしもし? いきなりゴメンね、勲くん。仕事の方は順調? あ、それは良かった、俺も教えた甲斐があったよ。でもさ、いつまでもそんな仕事ばっかりってわけにはいかないじゃん? お母さんも心配するだろうし、別の仕事もさ……。うんうん、そこでキミに良い話があるんだ。政治家の秘書とかどう? え? 成績悪いから無理? いやいや大丈夫、俺のコネで何とかするって。それにキミはまだ若いんだからさ、勉強する時間だって沢山あるじゃないか。まぁそういうことで、日本に戻ったらこの話しの続きしようね! じゃっ!」


 スマホを切り、再び久我さんの方へと話を戻す。


「俺より若い子を用意しました。どうかこれでご勘弁を……」

『そういうところだぞ』

「そういうところですよ」


 久我さんと御手洗さんから言葉のリンチを受け、ついスマホの通話終了ボタンを押してしまった。


 もちろんスグにまたスマホが鳴る。

 しかし久我さんからの電話ではなく、短いショートメールのようであった。


 宛名はルーシー・ホワイト、そしてメッセージは―――。

 『コニャックを用意しておいてやるから、また小さなヴァイオリンを演奏しにきな』


 …………????

 英語のスラングか何かなのだろうか。

 よく分からないので「コーラで」とだけ送ったら、フォーティーと二人で中指を立ててる画像が送られてきてしまった。


 多分、また何か失敗したんだろうなぁ。

 でもそれもいつも通りかと納得し、空港のゲートに向かった。

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現代でモンスター駆除業者をやってたら社長が赤字を何とかするために無理をしたせいで社員のほとんどが死んだからずっと一人で仕事をしてたら凄いことになりました @gulu

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