第139話:作戦名「光あれ」
カミカゼはとうの昔に滅んでいると思っていた。
しかしサムライの血が流れているように、カミカゼもまた受け継がれていることに恐怖した。
この作戦で使用されるサターンVを見た現場の人間の感想である。
アメリカにおいても南北戦争時代に特攻兵器の類を使ったことはある。
しかし日米戦争で日本に使われ、今度は日本人が発案した特攻兵器を使うことになるなど誰が予想しただろうか。
いや、計算が正しければ死者は出ないはずなのだが、誰もが彼と彼女の死を確信していた。
荒野 歩という人間を知っている人間を除けば―――。
「墜落しない墜落しない墜落しない大丈夫きっと大丈夫そう大丈夫なはずだ墜落なんてするはずない……!!」
そして当の本人は必死に自分自身へ暗示をかけているところでり、ルーシーは震える荒野の足を蹴る。
「バカが、墜落させる為にコレ飛ばすんだろうが。今さらガキみてぇにビビってどうすんだよ」
「大人になってもジェットコースターが怖い人もいるんだぞ! 俺は別に怖くないけどね! ピザとコーラの方がカロリー的に怖い!!」
それを聞いたルーシーが鼻で笑う。
ロケットに詰め込まれて宇宙まで飛ばされ、そこから地球に向けて急降下するというのに、それをジェットコースターと同じようなものだと言っているからだ。
「折角の宇宙旅行だ、もっと力を抜いて楽しめよ」
「日帰りならぬ数十分帰り旅行で何を楽しめと……しかも終点が―――」
そこで「まずった」と思った荒野が口をつぐむも、ルーシーは気にしていない。
「土産に何十億ドルのロケット持っていくんだ、トゥエルブも他の奴らも嬉しくてクラッカー鳴らすだろうよ」
それどころか、冗談が言えるほどに回復しているようであった。
変わり果てた姿のトゥエルブを見た時と比べれば、本当に元気に見える姿だ。
「―――そういえばよ、施設で不幸自慢してた時のこと覚えてるか?」
「え、なに? この密室空間で更に不幸話の追い討ちされると空気が不味くなって宇宙で換気しないといけなくなるんだけど」
ルーシーが茶化す荒野の脛を宇宙服越しに蹴り、話を続ける。
「あの時、研究員の奴らが目を逸らしている中、テメーの連れだけが一瞬お前に目を向けた。……もしかしてだが、テメーにもなんかあんのか?」
「あぁ、それか。別に対した話じゃないんだけど―――」
そう言ってロケットの発射までの退屈な時間を無言で過ごすよりかは、退屈なお喋りで潰すことを選んだ。
なんとなく外来異種の駆除業者として働き、同僚はほとんど死に、それでも働き続け、何の因果か人の縁に恵まれ、けけど富山で生物災害が発生し、両親を助けに戻るも失敗、そしてその顔をした皮剥を駆除したこと。
荒野はそれを淡々と、特に感情を見せることなく話し……ルーシーは何も言わずに黙って聞いた。
ルーシーは自身の不幸を誇ることもなければ嘆くこともなかった。
ただ、共感できる者に対しては一定の敬意のようなものがあった。
だから彼女は自分と似た境遇であるプロビデンスの子供達を気にかけ、時には遊び、また時には子供達の代わりに怒る。
そういった意味では、荒野の人生は彼女にとってかなり近しいものであった。
ルーシーは出産の際に母親を死なせ、父親も自殺した。
そして荒野は両親の顔をしたモンスターをその手で殺した。
つまり、擬似的ではあるもののお互いに親殺しを犯した同類なのである。
「……オイ、どうしてその話をあの時しなかったんだ?」
「へぁ? いや、別にこれ不幸話とかじゃないし……」
その言葉でルーシーが眉をひそめるも、荒野は構わず話し続ける。
「おとんとおかんが死んだのは俺が後回しにしたせい。皮剥に顔を奪われたのも俺が遅れたせい。……自業自得じゃん? だから不幸話とはジャンル違いなわけ」
「―――ハッ!」
あまりにも冷静で、そして容赦などない言葉のせいで、逆に笑ってしまった。
自分の同類を見つけてどう感じたのか、もしかしたら傷の舐めあいでも期待していたのか……。
そんなルーシーの悩みを、まるで抜き身の刀のように切り捨てた。
卑屈で臆病だというのに、自身の不幸を自分のせいだと言い切るその強さは、あまりにも性格とズレすぎて性質の悪い冗談にしか聞こえず……笑うしかなかった。
「……今の話、そんなに面白かった?」
「ハッハァ!……いや、悪ぃ。別に可笑しかったわけじゃねぇよ。ただお前は本当にイカレてると思ってだけだよ」
「罵倒される話だった!?」
そうして会話に夢中になっていたことで、二人はカウントダウンの音声を完全に聞き逃していた。
『4……3……2……1……ブースト点火!』
ろくに耐G訓練をしていない二人に、凄まじい衝撃が襲う。
「うぉぉおおおおおお!! 発射するなら言えよクソがぁあああああああ!!」
「ハハハハハハァ!」
一人は絶叫し、もう一人は大笑いする。
それはあまりにも異質な宇宙への旅でありながらも、明朗な旅路でもあった。
ロケットは地上から離れてグングンと空へと昇る。
わずかな星の明かりしか存在しない暗黒の宇宙空間へと到達した後、ロケットは地上へ新たなる光となる為に流星のように落下を開始した。
そしてそれをルビコンは感知していた。
目という感覚器官がないが、それ以外に存在している六つの反応感覚が彼と彼女を捉えていた。
不明な飛翔物ではあるものの、同時にそれに別の同類……"DarkLie"の反応も察知していた為、迎撃を行うべきか逡巡する。
だが迎撃の判断が下される前に、ルビコンは別の反応を感知した。
『撃て、撃て! とにかく撃ち続けろ!』
戦車隊が最高速度を維持したままルビコンへ向けて砲撃を開始する。
東西南北、全ての方位から機動戦を仕掛けたのである。
もちろん整備されていない道での走行間射撃など命中するはずもなく、射程距離も足りていない。
しかし攻撃されているという事実さえあればそれで良かった。
ルビコンは上空から飛来するモノよりも、明確に害ある彼らを狙って砲撃準備を始めてしまった。
ルビコンはこれまで何度も戦艦や艦載機による攻撃を体験してきた、だからその脅威度を判断できる。
だからルビコンは知らない。
上空から飛来するものが、自身を殺しきることができる最悪の流星であることを。
「YippppKiYay!! クソッタレェ!!」
気絶した荒野の手を握りながらルーシーが叫ぶ。
サターンVという大質量、高高度からの落下速度、さらに予備エンジンによる再加速―――。
ロケットはルビコンへと直撃し、その瞬間に発生した光はアメリカ大陸に行き届いた。
全身が水分であるが為にルビコンは回避や防御などできず……その圧倒的な熱量に反応できずに蒸発しきった。
人類はルビコン川を前に、船ではなく……悪意と兵器によって渡り切ったのであった。
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