ラブホに行ってみたい!!

藤堂ゆかり

第1話

「ラブホに行ってみたい!」

「はぁ?」


 私の突然の一言に、彼女は思わず気の抜けた声を出す。ちょうど今日やることも終わり、同居人の彼女と二人でソファーに座ってコーヒーでも飲みながらまったりしていたところだった。私は今日も仕事疲れたな、とほけーとしながらネットサーフィンをしていたところ、たまたま目に入ったラブホの広告。ラブホテルとは、恋人同士が愛を営むために使用することが多いが、何やらラブホ女子会というものが流行っているらしい。内装も可愛く凝っているものが多く、気兼ねなく騒げるということで、女子大生に人気のあるスポットなのだ。彼女とは営みを行う仲でもあるのだが、実はラブホテルには行ったことがない。


「次の連休中に行ってみたい!実は前から入ってみたかったんだよね!いいでしょ?」

「いいけど……二人揃って休みを取れるかわからないわよ」

「うっ……頑張って仕事を終わらす……」


 抱きかかえているクッションに口を当て、私は少ししょげた声を出す。同じ会社に勤めている私と彼女が同時に連休を取れる保障が無い。部署が違うため、スケジュールが合わないことの方が多い。ラブホに二人で行くには、何としてでもその日に休みを捥ぎ取り、仕事を終わらせておく必要がある。


「で、突然どうしたのよ。いきなりラブホに行きたいだなんて」


 ぽすんと彼女の腕が私の肩に回って密着させられる。お風呂上りで、彼女のお気に入りのシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐり、思わずうっとりする。もっと、もっと、こうしていたい。


「たまにはいいかな、と思って」

「そう」

「ただ……」


 背中に回されている腕を解き、私は彼女の学生の頃から鍛え上げられた太ももにちょこんと乗って、首に腕を回す。彼女は嫌な顔を一つもせず、私の返答を待っている。


「いつもよりもふかふかのベッドで一緒にいたいなぁって」

「……ボーナスが出ないと新しく買い替えないわよ」

「知ってる」


 私は、彼女が既に検討していることが嬉しくて、ふんわりと頬笑む。最近新しく購入したこのソファーもあのベッドと同じ道を辿りそうだ。ぎしっとスプリングの音が鳴り響き、ちゅっと甘い音がした。


 連休初日を迎え、無事有給を合わせて取ることが出来た。双方の上司には渋い顔をされたが、その分溜まっていた仕事をすべて終わらせていたので、ダメとも言えなかったらしい。そんなこんなで、二人は約束していたラブホテルの前に立っている。外観は普通のホテルと変わらないのだが、入り口が少しわかりにくいのが一つの特徴だ。入ってみると、受付には誰もいなく、部屋を選ぶパネルがあった。


「んー、どれにしようかな……どれがいい?」

「好きなの選んで」

「あ、これ可愛いからこの部屋にしよ」


 私が選んだのは天蓋付きのベッドで、可愛さも押し出しているが、ゆったりと落ち着いた部屋を選んだ。パネルを押し、ボックスから鍵が出てきた。それを彼女が受け取り、部屋に向かう。廊下を歩くと、誰ともすれ違わなかった。ただ、微かな声が聞こえ、少しだけ赤面してしまう。


 がちゃりと部屋を開けると、そこにはいつもとは違う部屋が広がっていた。白いレースで花柄が刺繍されている天蓋、ふかふかそうな大きいベッドには赤い薔薇が置かれている。傍には四人は座れそうなソファーが置かれている。テーブルにはルームサービスであるお菓子が置かれており、目の前には家にあるものよりかは大きいテレビが鎮座している。冷蔵庫が備え付けてあり、中には色んな味のプリンが並べられていた。これもルームサービスというやつなのだろう。私は部屋を見た瞬間に歓喜した。


「おお!これがラブホ!!可愛い!!ベッドふっかふか!!」


 わーい、と私は勢いよくベッドにダイブする。思いっきり飛び込んでも柔らかいマットがぼふんっと優しく受け止めてくれる。枕に顔を埋めると、どこかいい匂いがする。甘いフローラルな香り。すると、後ろからくすくすと笑われる。


「おこちゃまねぇ……」

「いいでしょ!ふかふかのベッドって憧れなの!ねぇ、先にシャワー浴びてもいい?」

「どうぞ」


 口元に手を当てて微笑む彼女はゆっくりとソファーに座り、テーブルに置いてあるナッツを摘まんだ。たったそれだけなのに、どこか様になる。彼女は会社内でも人気が高く、男女共に狙われている。だが、そんな彼女を自分が独り占めしているのだと思うと、どこか独占欲が満たされている気がする。


 シャワー室も部屋と同じく可愛らしく、薔薇の花で飾りつけられていた。ピカピカに磨かれた洗面台にはアメニティグッズが充実している。私は適当に入浴剤を取ると、横には薔薇の花びらが置かれていた。もしかすると、これもお風呂グッズなのかもしれない。入浴の準備をして蛇口を捻り、湯を張る。すぐに湯が溜まり、入浴剤を入れる。すると、どんどん湯が白く濁る。その上から赤い花びらを撒くと、どこかの国の女王にでもなった気分になった。


 ほかほかと身体が温まり、美肌効果のある入浴剤で肌がすべすべになってご満悦になった私はバスローブに着替え、適当にドライヤーで髪を乾かす。頃合いを見て彼女に声をかけた。


「次どうぞー!」

「ん」


 彼女は短く返事をすると、着替えと化粧品を持ってシャワー室へ消えた。しばらくすると、シャワーの水の音が聞こえる。私は彼女が用意してくれた水をガバガバと飲む。冷たい水が身体を巡り、熱くなった体を落ち着かせる。彼女が来るまで特に何も無いので、冷蔵庫からプリンを取り出し、ぼふんっとベッドに転がる。


「何かやってないかな……」


 テレビのスイッチを付け、適当にチャンネルを回す。見たことがない洋画が放送されており、なんとなくそのまま視聴を続けた。内容はよくある男女のラブロマンスもの。男が猛烈アプローチをして最終的には結ばれるであろう展開が予想される映画だった。今は男がなんとか意中の女性をデートに誘いだすことに成功し、高級ホテルでディナーを楽しんでいるところだった。


「……いいなあ」


 自分よりも彼女の方が給料が高いため、こういった高級ホテルのディナーに誘えない。どちらかというと、彼女によく誘われる。お金を貯めて今度は自分から誘いたい。頭の中で貯蓄計画を立てていると、シャワー室から彼女が出てきた。わしゃわしゃと長い髪の毛をタオルで乾かしている。


「何見てるの?」

「恋愛ものの洋画。タイトルはわかんない」

「ふぅん」


 彼女はあまりこういった映画には興味が無い。どちらかというと、SF作品やアクション系が好みだ。テレビ画面にはあまり視線を向けず、私の横に腰掛けごくごくと水を飲んでいる。洋画に目を向けると、ようやくお互いが結ばれたようで、女がベッドに押し倒され男と口づけと交わす。一般的な恋愛ものの作品はここで次のシーンに入るのだが、画面の中の二人は性急に服を脱ぎだし、一糸纏わぬ姿になる。


『ああんっ』


甲高い女の声が響き渡る。私は驚き、思わずプリンのスプーンをベッドの上に落としてしまう。洋画はそんな私の反応を当然ながら無視し、どんどん事を進めていく。


『ああっ、だめ、初めてなのにっ……あんっ』

『ここがいいんだろう……』

『ああっ、だめだめっ』


 豊満な男女の肉体が絡み合い、ねっとりとした息遣いが聞こえる。どうやら知らずにアダルトチャンネルを見ていたらしい。画面の中の男女はどんどん盛り上がっているが、この部屋は少し気まずい雰囲気が流れている。彼女とはこういった行為は既に行っているが、頻度は少ない。仕事で疲れていることやタイミングが合わないことが多い。自覚してはいなかったのだが、どうやら欲求不満だったらしい。彼女と抱き合いたい、熱を共有したい。気まずい空気とは反面、思わず足をもじもじさせてしまう。ちらりと彼女を見てみると、無言で髪の毛をタオルで乾かしている。タオルのせいで彼女の表情は見えない。どうしようとぐるぐると頭を巡らせると、突然テレビの音が消えた。


「えっ?わっ!」


 突然横から突き飛ばされ、押し倒される。すると、目の前には目をギラギラさせた彼女の瞳が映し出される。その視線に捕まり、逸らすことが出来ない。


「……どうしたの?」


わざとらしく彼女に聞いてみる。すると、はあ、とため息が落ちてくる。


「全く、アンタは……」


 額にちゅっと柔らかなものが触れる。もしかしたら、彼女なりの気遣いなのかもしれない。当初の予定では行為をするためではなかったのだから。だが、私はこの熱くなってしまった身体を彼女と共に鎮めて欲しい。了承の意味も込めて彼女の頬を包み、唇を重ね合わせた。

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