(5)

 ガラスで出来た瞳は、堅物かたぶつのアーノルドよりは雄弁に感情を語っているように見える。アーノルドが、この機械人形アンドロイドと同じ闇組織に属していたことは驚きだったが、いま彼は身を張って、この店を守ってくれている。機械人形アンドロイドに人間と同じ感情があると言えるのか分からないが、アーノルドと接していると、無いとは言い切れないと思う。

「片腕を直して、自壊しろと?  そんなことのために、わざわざお金をかけるでしょうか」

「僕の上司は変わり者だから、を与えてるつもりなんじゃないかな。ところで君は元暗殺者なんだっけ? 用心棒なんてやってるみたいだけどさ、能力を活かしきれてないんじゃないか? 殺すんじゃなくて守る仕事なんてさ。そういうふうに考えが一貫しないのが人間なのかな?」

「いえ。俺はただ……与えられた力の使い道を間違っていたんだと気付いたんです。父を悪に仕立て上げるために」

 先生とシャロンが来てから、ずっと考え続けて出した答えだった。父のことは、やはり人間としては好きになれない。伝統や家を守ることばかり優先する。けれども、剣に関しては機会を与えただけで、暗殺者になれとまでは言わなかった。無口な父は基本的に何も言わないのだ。自分で考えろと突き放す。

 彼は、興味がなさそうな顔で虚空を見つめていた。

「ふうん。人間はいいね。好きでも嫌いでも、誰かとの繋がりを断つことができない。それって本当はとても幸せなことなんだよ」

 そう言うと彼は目を閉じた。フランツはレイピアを仕舞った。

「でも、僕らにもひとつだけ人と同じ所があるんだ。バッテリーっていう命があるんだよ。充電したり交換したりすれば元に戻るけど、もう僕はどちらもやってもらえない。このままそっとしておいてほしいな。本当はA-RNに壊してもらいたかったんだけど、それまで保ちそうにないし……もう疲れたんだ」

 戦場で腕や脚を失い自暴自棄になった兵士たちも、似たことを口走った。もう手の施しようがない者たちは逆に、生きたい、家族に会いたいと言って、歯を食いしばり涙した。両者の間の違いは、なんだったのだろうか。不具となって帰れば、元の仕事には戻れない。家族の重荷になるし、国から手当を受けるしか生活手段がない。殺した人間の顔や、一瞬で物言わぬ骸と化した友人の夢を繰り返し見て、夜な夜な小さな物音を敵襲と勘違いして飛び起きるよりも、死ぬほうがましだと思う気持ちは、理解できる。

 しかし目の前の機械人形アンドロイドは、彼らとは違う。それに、まだ救える。助かるべきだ。人でなくても、敵であっても、もしかすると誰かの大切な人の命を奪った存在であっても、簡単に死にたいと言わないでほしかった。エゴかもしれないが、止めずにはいられなかった。一種、焦りに似た感情に突き動かされ、フランツは床に片膝をついて彼の瞳を覗き込んだ。

「アーノルドのように、もう一度やりなおしたいとは思いませんか? モニカさんとヘッケルさんなら、きっと助けてくれます」

「ふ……彼らの手に渡れば、僕の性格付けメンタルモデルは改変されるだろう。それは僕が僕でなくなるのと同じさ。A-RNより複雑な感情プログラムを入れられたせいかな、好き勝手改造されるのはゴメンだよ」

 彼はそう言うと、呪文めいた言葉を呟いた。

「自己修復プログラム及び非常用電源への切替を停止。強制再起動時は全バックアップデータを消去」

「……君は、ここへ死にに来たんですか?」

 彼は無感情なガラスの瞳を動かしてフランツに焦点を合わせた。

「A-RNじゃなくて君だったのは残念だけど、これが運命なら仕方ないね。短い命だったけど、まあ、そんなものだよ」

「俺は……君を助けたいと思う。助かるべきだと思います。間違いですか?」

「はは、人間ってのは勝手だなあ。勝手に作ったくせに。道具に同情するなんてさ。そんな情けは要らないよ。それよりひとつ、頼んでいいかい」

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