(4)
木曜日。おしゃれに目がない女性二人に振り回され、主にマネキンと荷物係となって街のメインストリートを駆け回ったフランツは、くたくたに疲れていた。普通に仕事をしているよりも疲れたほどだ。街に溶け込めそうな服を数着選んでもらったので文句を言ってはいけないのだが、二人は遅めの昼食を摂ると今度は靴を探しに行くと言い出したので、フランツは一足先にエスメラルダに荷物を置きに戻ると言って逃げ帰った。
「一体どこから、あんな体力が湧いてくるんだ……」
水をコップ一杯飲んでからカウンターで一眠りしようとした時、扉の方で物音がした。ずいぶん早かったなと思って顔を上げたが、一向に入ってこない。不審に思い、立ち上がった。念のためにカウンターの下に隠してあるナイフとレイピアを手にする。もしかすると泥棒かもしれない。ここは看板も出していないので、外からは古い賃貸の住居にしか見えないのだ。
フランツは物音を立てないように扉のチェーンを掛けると、扉の蝶番側に潜んだ。直後、鍵が外から開けられ、取っ手が回る。チェーンが引っ張られて扉が軋んだ。
「あれ……」
若い男が呟く声が聞こえた。「誰かいるのか」
フランツは息を殺しつつ、様子を窺った。一人か?
次の瞬間、軽い発砲音がしてチェーンが吹き飛ぶ。サイレンサー付きの拳銃だろう。灰色のフードを被った侵入者が一歩、店内に足を踏み入れた。フランツはその背後から喉元にナイフを突きつけ、拳銃を奪い取る。
「どちら様でしょう?」
「あれ? なんだ、君か」
男は拍子抜けした声でそう言うと、あてがわれたナイフを気にも留めず首を捻った。
「まだ名乗っていなかったっけ。僕はE-RN03。まあ、A-RNの弟みたいなものだよ」
見覚えのある、艦長によく似た顔でそう告げると、彼は人間には真似出来ない動きでフランツの腕を振り払い、間合いを取った。フランツは、すぐさま距離を詰めてレイピアで首元を突き刺す。が、切っ先は表面を覆う人工皮膜を破っただけで、露出した金属と擦れ合って耳障りな音を立てた。そのままだと刀身が部品の間に絡め取られると判断したフランツはレイピアを抜き、アンドロイドが拳銃を掲げるのを、左手に握ったナイフで甲ごと壁に突き刺すことで阻止、さらに膝で腹部に蹴りを入れた。しかし膝に当たったのは、衝撃を吸収すると思われる素材と、その奥の金属板だった。
不利だ。後退して再度距離を取る。壁に甲ごと右手を縫いとめられた男は、苦痛の声を漏らすこともなく、ただ笑っている。フランツは男の右手から落ちた拳銃を蹴り飛ばすと、相手の次の一手を待った。そこでようやく、彼の左腕があるはずの袖に中身がないことに気付いた。
「もう武器はないよ。降参だ」
「いえ、そのはずはない。君はアーノルドと互角かそれ以上のアンドロイドだ」
「降参するから、A-RNが来るまで待たせてくれよ」
「そのA-RNというのはアーノルドのことですよね? 今はいません」
「もしかして彼も遠征中かい? ああ、やっぱりそうか……」
彼は
「前線に行けるなんて羨ましいな。僕なんて、ちょっと壊れたら置いてけぼりだ」
軋むような嫌な音を立てつつ、壁からナイフごと自分の右手を抜くと、彼は壁に背をつけたまま、ずるずると座り込んだ。
「次々新しい子が作られる。僕は用済みさ。A-RNみたいに拾われて大切にしてもらえてる奴は羨ましいよ」
フランツは、相手が本当に戦意を喪失しているのか、それとも演技なのか判断がつかず、その場を動かなかった。レイピアは相手の眉間――アーノルドに
そのまま十数えても、あちらが動く気がないのを見て取り、フランツは切っ先を下ろした。もしかすると彼には、初めから戦意などなかったのかもしれない。本気ならフランツがいくらうまく立ち回っていても敵わないはずだ。
「僕らの仕事は拳銃を使うことなのに、仕事がなければ存在する意味もない。バッテリーが切れれば動けない。ただの粗大ゴミだよ」
「……捨てられたんですか? 君も、アーノルドも」
彼は天井を見上げた。
「そうだね。片手だけ直す理由、だいたい分かるんじゃないか?」
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