(6)

 彼は緩慢な動作でフランツを見上げると、フランツが蹴り飛ばした拳銃のほうに目を遣った。

「僕らは、人を殺すために作られた。だから負けと死は同義だ。僕らの弱点はね、君たちと大体同じだ。目と心臓のある場所、両方をあれで破壊してくれ。どのみち、もうすぐバッテリーが切れるけど、それをゆっくり待つのは性分じゃないし、一人でのは……さみしいからね」

 フランツは首を横に振った。

「俺は、もう誰も殺したくありません。だから、その願いは聞けません。そのほうが君にとっては残酷かもしれませんが……俺には出来ません。その代わり、ここで一緒にその時を待ちます」

「同情かい? 僕を人間扱いするのか。知らないよ……思ったより時間がかかるかもね」

 フランツは膝をつくと、彼の右手を握った。ナイフで刺したせいで指の関節がうまく動かないのか、返ってきたのは、ぎこちない反応だった。人工皮膚は破れ、金属の部品が露出している。その傷跡に触れると、フランツは続けた。

「俺には友人らしい友人がいないんです。子どもの頃から心身ともに周囲に合わせられませんでしたし、性格を直せって、よく言われますし……だから、友人になってください」

 自分でも、一体何を言い出しているのだろうと思った。殺すことだけが生きる目的だと思っていた過去の自分を、救いたいのだろうか。無機物を寄せ集めた人形は、居心地悪そうに、しかし、どこか照れくさそうに笑った。

「はは……変な奴だ。壊れる前の機械人形アンドロイドに友人になってくれなんて。でも、何でかな。これが、嬉しいっていう感情なのかもしれない」

 実際は、大きな表情の変化はない。見る側が勝手に感情を投影しているだけだろう。それでも彼はたぶん、泣いていたし、笑っていた。

「君にはアーノルドみたいな名前、ないんですか?」

「ないね」

「じゃあ……ERNか。エルンスト」

「正直者、ね……まあいいや。いい名前だよ」

 彼は目を閉じ、その名を小さく反芻はんすうした。

「君、いや、フランツだったか。一体どれほど人を殺してきたか知らないけどさ……戦うことでしか存在理由を証明できないなら、殺さずに戦えばいい。殺さないことのほうが、遥かに難しいって知ってると思うけどね。生かした人間の数が殺した数を超えた時、続けるかやめるか決めたら? ああ、それまでに死ぬ可能性もあるか」

 フランツは、ゆっくりと瞬きした。父には暗殺者となったことを話していない。が、おそらく気付いているだろう。もしかすると自分は、心の底で、人をあやめるたびに父に褒めてもらえることを期待していたのかもしれない。父は自分を褒めただろうか。

「数など覚えていません。途中でやめました。あと、俺は死にません」

 何度死にかけても、対処法が体にしみついていて、反射的に生を選択する。死にたいと思ったことはないが、生きたいと強く思っているわけでもない。

「じゃあ、一生背負い続けるといい。別の何かで達成感が得られるようになるまでは。死なないなんて、随分な自信だね。嫌いじゃないよ、そういうの。だけど僕は今この瞬間、君を殺すこともできるよ?」

 エルンストはフランツの手を弱々しく握り返した。手首には、刃物か火器が仕込まれているのだろう。

「でも、しませんよね。あのですね、俺は死ねないんですよ、笑えることに……父をこの手で打ち負かすまでは、おそらく」

「それだと、勝ったら生きる目的を失うってわけだ。目的なんかないだろ。動物を見ろ。何でもかんでも意味をつけたがるのは、人間の悪い癖だ」

「ああ……そうですね。考えるのをやめます」

 フランツが自嘲気味に笑うと、彼は目を細めた。

「もしも腕がこんなじゃなかったら、そうだな、死ぬ前に会いたい人がいた」

「誰ですか?」

「好きな人だよ」

 彼の瞳は、遥か彼方を見つめていた。

「もっとも、僕は機械人形アンドロイドだから、恋なんて信じてもらえなくて異常バグだと見做みなされたけど」

 何と声を掛けてよいか分からず、フランツはしばし沈黙してから口を開いた。

「……どんな姿であっても構わないと思います。会いたいのなら」

 その瞬間、ガラスの瞳の奥に光が灯ったように見えた。感傷が見せた錯覚だったのかもしれないが、確かにそう思えた。

 その時、入口の扉が開いた。

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