(6)

「くそ! ああいう強引な人間が一番嫌いだ!」

 フランツは、思い切りカウンターに拳を叩きつけた。グラスに残っていた氷が、迷惑そうにカランと音を立てる。やってから後悔したが、かなり手が痛い。

「苦手な人って、自分と似たところがある人ですからね」

 ルピナスは涼しい顔で言いつつ、空のグラスを回収すると皿洗いを始めた。吐き気は収まったものの、立っているとフラつくので、フランツは手伝えないことを謝りつつ席に着いた。

「艦長さんと似てる? 全然違います」

「違いません。それから惚れる人も、自分と似たところがある人ですよね」

「……師匠、どうして止めてくださらなかったんですか? 艦長さんの味方なんですか? 自分の分は払いますから、今度返してさしあげてください」

 精一杯恨みを込めた視線を送ったが、彼女は全く意に介さず皿洗いを続けた。

「私も欲しいんですよね、あの情報。あなたを雇った理由の一つでもありますから。老獪なに探りを入れるのは、なかなか大変で」

「タヌキ……? 局長のことですか? あなたも艦長さんも局長も、結局は俺を利用したいだけなんだ」

 ヤケクソになってフランツがうめくと、ルピナスは無言でキュッと蛇口を絞った。そして、表情らしい表情のない顔で静かに告げた。

「理由の『一つ』と申し上げました」

 彼女の色違いの双眸に宿る光は、口調ほどは冷たくなかった。互いに無言で視線が合ったまま、しばしの間、蓄音機から流れる音楽が静寂を支配していた。フランツは小さく溜め息をついた。

「……どのみち、俺では局長に勝てません。もし裏切ったら家族がどうなるか。姉さんは子どもが出来たばかりなんですよ」

 ルピナスは、表情を和らげた。

「あなたは、お姉さんのことは大切に思っていらっしゃるんですね。大丈夫です。私があなたに交渉術を仕込んで差し上げます。従業員ですからね」

 彼女に指導されるのならば、効率が良さそうだ。が、中流貴族から宰相にまで成り上がった局長は、付け焼き刃で敵うような相手ではない。

「俺は嘘が下手ですし、局長は一枚も二枚も上手ですよ。だいたい、艦長さんの質問は漠然としてて、よくわかりません。局長も番人なんですか?」

 ルピナスは首を横に振る。

「女王陛下を支える立場上、ある程度の知識は得ているようですが。実は私も、番人を十二人みな把握できていないのです。たとえばアーサー……シャロンさんのお父上亡き後、後継者が見つかっていません。シャロンさんが後継者だったのですが」

 フランツは息を呑んだ。

「何ですって? それもまさか、艦長さんの言っていたクズの仕業だと?」

「『鮫』のことですね。私たちは、そう見ています。おそらく、鮫の手先がアーサーを殺して番人となった。紛争自体も仕組まれたものでしょう。なぜなら、フラクス家の番人は、ある重要な道具を継いでいたからです」

「なんです、それは?」

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