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 ルピナスによれば、十二人の番人はそれぞれ、何かしらの特殊な祭具を受け継いでいるらしい。フラクス家の番人は代々『蒼き涙ブルー・ティアー』と呼ばれる祭具を継いできた。実体はわからないが、魔力空間を繋ぐことができるという。

 ランス・スプリングフィールドは『白桜刀』という魔剣だ。斬ったものの魔力を吸収して溜め込み、増幅させるのだという。

「ランスさんは、白桜刀で至福千年期の終焉――魔力エネルギーの枯渇を防ぐという、非常に重要な役割を担っています。だから鮫に狙われるのです」

 フランツは頭を抱えた。ファンタジーにも程がある。

「待ってください、話がよくわからない。そんなイレギュラーな魔法具がいくつも存在するんですか?」

「だから番人なんですよ。世界の秩序を維持するための力です。あるべき方向に世界を導き、存続させるために暗躍するのです。鮫は、その力を自分のためだけに使おうとしているんですよ」

 自分は中立とはいえ、番人同士の決まりごとに違反する者は認められないと、ルピナスは暗い表情で告げた。

 フランツは、しばし考え込んだ。家に伝わる祭具など、あっただろうか。

「ちなみに師匠は何ができるんですか?」

「それは、あなたの情報と交換になりますね」

「ちっ……そう来ましたか」

 ルピナスは、それで局長のことに話を戻しますが、と続けた。

 艦長によれば、局長はランスの父であるグレン・スプリングフィールドと個人的に繋がっていたと思われる。局長は自国至上主義者だ。帝国人であり番人でもあるグレンと密かに繋がりを持っていたことは、看過できない。

「そこの思惑を、あなたに探ってもらいたいのですよ。もしかすると、白桜刀の力を狙うのは、鮫だけではないのかもしれない」

 フランツは長い長い息を吐き出した。頭痛がする。この案件には、深く関わるべきではない。しかし番人を継げば、どのみち避けては通れないということか。

「ですが国には帰れませんよ。ドートリッシュ公夫人派に狙われていますから」

「ええ。でも、局長にとって、あなたを手放すことは計算外だったはず。あるいは、帝国に送り込もうとしているのかもしれませんが」

「そこなんですよ。俺は手駒の一つに過ぎません。それに公夫人一派を丸め込めるとでも? あのひとは局長に勝るとも劣らない切れ者です」

「確かに。ただ、弱みはありますよ」

 皇太子のことか。キャサリン女王には直系の跡継ぎがいない。年齡からいって、再婚しても子をもうけることは難しい。義妹である公夫人の息子ルイが次期国王と目されている。

 だが、ルイ殿下を人質にとるような卑怯な手は使えない。叛逆者となってしまえば、良くて一生バスティーユ暮らしだろう。

 ルピナスは肩をすくめた。

「そこの戦略は私に任せてください。公夫人は番人ですから、下手に対立したくありません」

「な……、つまり陛下も公夫人も番人で、対立しているってことですか? それで協力しあえるんですか? とにかく俺は、危険な情報のためにむざむざ死にに帰るつもりはありませんから」

 フランツがはっきりと断っても、ルピナスは聞き入れるつもりがないらしい。

「おや、ティタンがお気に召されたんですか? しかし、あなたはいずれ番人を継ぐ身。ジョルジュから話を聞く必要がありますよね。 直接聞くほうがいいです。……そんな顔をしてもダメですよ」

「父上に俺が生きていると教えたんですか」

「いえ、まだ。だから、顔を見せてあげたらどうですか? まあ、言ってすぐにというわけではありませんから、少し考えてくださいな。そうだ」

 ルピナスは手をポンと合わせ、いたずらを思いついた子どものようにニヤリと笑った。嫌な予感しかしない。

「デートしてもらえばいいんですよ。しかも女の子同士なら目立ちません!」




***


ABT9.(2)~(7)のBGMはラフマニノフ/ピアノ協奏曲第二番です。

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